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閉鎖的なイメージが強かった精神科病院を、アートを通じて開かれたものにする。@茨城県袋田病院【前編】

手話通訳や音声サポートなどのアクセシビリティ(情報保障)をはじめ、誰もがミュージアムを楽しめる取り組みを総称してアクセス・プログラムといいます。
これらには、視覚・聴覚障害のある人とない人がともに楽しむ鑑賞会や、認知症のある高齢者のための鑑賞プログラムなど、さまざまな形があります。
また、現在はアーティストがケアにまつわる社会課題にコミットするアートプロジェクトも増えつつあります。

アートとケアはどんな協働ができるか、アートは人々に何をもたらすのか。
あるいはケアの中で生まれるクリエイティビティについて――
高齢の母を自宅で介護する筆者が、多様なプロジェクトの取材や関係者インタビューを通してケアとアートの可能性を考えます。

前回前々回は、視覚障害者とつくる美術鑑賞体験についてレポートしました。最新回は、茨城県の精神科病院の取り組みについて紹介します。

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アートによる表現活動を通じて地域に開く

精神科病院と聞くといまだ閉鎖的なイメージを持つ人もいるかもしれないが、茨城県久慈郡大子町だいごまちにある袋田病院では酪農や農業、アートなどを通じて地域に開く活動を行っている。11月16日(日)にはその袋田病院を会場として、患者や利用者、職員などみんなが表現者となり展示やライブなどを行うアートイベント「袋田病院Artfesta2025(以下、アートフェスタ2025)」(実行委員長:上原耕生)が開催される。患者・利用者の造形活動による作品発表のほかに、2025年度のアーティスト・イン・レジデンス(アーティストが一定期間滞在して制作を行うプログラム)に参加したオランダ人アーティストのエリック・ファン・リースハウトさんとあべさやかさんも作品を発表する。
今回は、8月末に取材したあべさんの滞在制作の様子をレポートするとともに、袋田病院が取り組む医療とアートをつなぐプログラムについて紹介したい。

「袋田病院Artfesta2023 」の風景 写真提供:袋田病院
「袋田病院Artfesta2023 」の風景 写真提供:袋田病院

水郡線袋田駅から車で5分。袋田病院でアート活動を担当する作業療法士・渡邉慶子さんが院内を案内してくださった。袋田病院は、1977年、初代理事長の粉川克己氏が個人病院として開設。その2年後に医療法人直志会を設立する。精神病患者には隔離が必要だと言われていた時代から、病院だけでなく、精神障害者の社会復帰や社会参加に向けた施設を、高齢者の多いエリアの活性化にも関わりながら地域の中に点在させてきた。

そうした流れの一つとして、現理事長の的場政樹氏がアート活動に着目。治療やリハビリ、セラピーに留まらない、自己表現のための造形教室を2001年に始め、2004年に「デイケアホロス」を開所。現在は「アトリエ・ホロス」と称し、制作者それぞれが一人のアーティストとして尊重され、日々、絵画・版画・ステンドグラス・革細工・集合制作などを行う場所となっている。

アトリエ・ホロス 撮影:筆者
アトリエ・ホロス 撮影:筆者

2019年からはオランダのBeautifulDistress(現在はThe Fifth Season、以下フィフス・シーズン)と連携し、オランダ在住のアーティストを一定期間袋田病院に招聘し、滞在制作を行う「アーティスト・イン・レジデンス」も行われるようになった。2年ごとのアートフェスタに向けて、大子町のまちづくりで設立されたアトリエ兼滞在施設「DAIR」に宿泊し、病院内に準備されたアトリエで約2か月制作を行う。お互いに異文化を交換する中で、袋田病院の歴史や文化を見つめ直し、精神科医療を客観的かつ多角的に捉える機会にもなる。

渡邉さんはこうした一連のアート活動について「病院から発信するアートが、患者だけでなく、見る人の想像を喚起し、豊かな心や人々との関わりを育み、これからの生き方を考える、ひいては精神医療を社会的な課題として捉えるきっかけを生み出すなど、文化的なまちづくりの一助にもなれればと思っています」と語る。

藍を育て、藍色に染め、味わい、作る「Traveling Tea House」プロジェクト

3人目となるあべさんのアーティスト・イン・レジデンスへの参加は2022年夏のコロナ禍にスタートした。徳島にいるあべさんと、袋田病院の患者や職員などプロジェクトへの参加者は、オンラインと手紙でやりとりをした。その中で袋田病院から送られてきた作品や手紙、植物、茶、マンダラなどぎゅうぎゅうに詰まった箱があべさんの心をつかんだ。生暖かい空気と甘酸っぱい茶葉の香りに、一方通行の共生ではなく、お互いの五感に働きかけるようなつながりを作りたいと考え始める。

デイケア談話室に設けられたあべさんのアトリエでのワークショップ 提供:あべさやか
デイケア談話室に設けられたあべさんのアトリエでのワークショップ 提供:あべさやか

翌年、徳島の産物である藍を、徳島と袋田病院の二拠点で育て、レジデンス中に病院の参加者と共同作業で藍染めした布と蚊帳で茶室をつくり、藍のお茶会をするプロジェクトが行われた。触覚や嗅覚を刺激することで何かを連想する、記憶の共有にもなるプロジェクトだ。病院の日常が非日常になることも狙っている。藍の栽培は、病院から車で15分の、医療法人直志会の自然農法部門「ここあ農園」で行われた。普段はホーリーバジルや落花生の生産・加工をしている。あべさんも「ここあ農園」も藍の栽培は初めてで難しい作業だったが、オンラインで経過を共有しながら行われた。

その夏、あべさんとここあ農園は藍染めをした。「作業中、院内の人々の興味が内側から外へ大きく広がっていく中、お互いを意識するようになり、空気がワクワク、ウズウズし、その場の景色が動き出す音を肌で感じることができました。制作過程に関わってくださった方々の受けた刺激、心身の開かれ方は様々でしたが、その中でも大きく変化を感じたのは、藍染め共同作業後、布の間に下げられた蚊帳の中でのお茶会でした」。

藍染めの共同作業(写真上)、お茶会(下)。「袋田病院Artfesta2023」より 提供:あべさやか
藍染めの共同作業(写真上)、お茶会(下)。「袋田病院Artfesta2023」より 提供:あべさやか

2023年のアートフェスタで「Traveling Tea House」として発表し、レジデンスは終了のはずだった。しかし、あべさんは「10年続けたい」と袋田病院に提案する。「人々のストーリーを聞いていくには短すぎる。病院の中の流れとみんなの心の変化をもっときちんと見たいと思った」とあべさんは振り返る。

「袋田病院Artfesta2023」より 提供:あべさやか
「袋田病院Artfesta2023」より 提供:あべさやか

思いがけない嬉しい提案に「10年間できるかはわからないんですけど、できるところまでやってみようということになった」と渡邉さん。「あべさんは精神科医療のことや、大子町のこと、ここで出会った人のことを作品を介して創造性豊かに伝えてくれる。私たちもアートを介して、治療と並行しながら、患者さんや利用者さんの人生観にも向き合いたいと思っているので、思いと思いがマッチして続けさせてもらっています」。

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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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