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介護や育児――。誰にも届かなかったケアラーの心の声を舞台という装置で表面化する。かつてない上演プロジェクト@サテライト・コール・シアター【前編】

物語の創作に伴走したナラティブパートナーの存在

これら“聞き逃されてきたケアの物語”を聞き取り、受け取る装置(今回はコールセンターという舞台設定)をどのように作り上げていったのか、竹中さんに制作プロセスについて尋ねると「今回はすべての過程で、あえて非効率的な方法で制作しました」という第一声が返ってきた。

まずホーム・ケアリストには40人を超える応募があり、そこから半数を超える人と30分ほど面談した上で12人を選んだという。「ほとんどが創作経験のない方ですが、そこは重要ではなく、葛藤の中にいると感じたケアラーの方を選びました。1人1人がアーティストになるようなものなので、すでに答えを持っているのではなく、言葉にならない何かを抱えていることが作品創作には重要だったのです」。

電話で朗読する10分の物語を作るために、12人のホーム・ケアリストは、約3か月にわたり、「ナラティブパートナー」と名付けられた人々と1対1での「セッション」と呼ばれる対話を、約2週間ごと6回行うことになった。「ナラティブパートナー」とは、ホーム・ケアリストが自身の物語を作る過程で、傾聴と対話を通して寄り添う“伴奏者”だ。うちはし華英(文筆家)、佐々木将史(編集者)、田村かのこ(アートトランスレーター)、萩原雄太(演出家)、南野詩恵(劇作家・演出家・衣裳作家)の5人。今まで竹中さんが一緒に仕事をする中で、他者を想像するスキルに長けていると思うクリエイター(あるいは表現者)が選ばれた。

ホーム・ケアリストとナラティブパートナーの組み合わせは竹中さんを含む本作事務局が行った。ナラティブパートナーはホーム・ケアリスト2〜3人を担当し、1対1のセッションはオンラインで行われた。竹中さんは6回のうち4回参加し、2回目と4回目はナラティブパートナーとホーム・ケアリストの2人だけの時間にした。6回のセッションの進め方は、ナラティブパートナーが参加者に応じてやり方を変えていたという。

「語ったことをそのまま作品にするのではなく、話を聞くことでホーム・ケアリストとナラティブパートナーとの間にコミュニケーションが生まれ、創作のパートナー、相棒になっていくことが必要でした。ホーム・ケアリストが生活の中で抱えている痛みや違和感を語ると、ナラティブパートナーが、この部分をもう少し知りたいなどと質問する。その質問に答えていくことで、ホーム・ケアリストに気づきや発見が生まれることもありました。日常生活では、言葉を探して沈黙する時間があると気まずいかもしれませんが、このセッションはいわば”稽古場”だから、ナラティブパートナーが待つことも創作のうちと捉えることができます」。

最初は、ホーム・ケアリストから「ここまで話していいのか」「こんなことまで聞いてもらっちゃってすみません」といった反応があり、セラピーのようになる時間もあったという。しかし3回目に数人のホーム・ケアリストから「これはセラピーじゃなくて創作だ。このセッションをセラピーにしたくない」という声が出るようになった。

「誰にでも普段、社会に適応しようとするあまりに“自己検閲”している部分があるだろうと思うんです。例えば、社会から求められる母親像に合わせて抑えている部分とか。でもここは稽古場だから、自分の他の側面が社会で歓迎されないとしても、その側面に話をさせてあげることが許される。それが“タブー”だと感じたときは、私にはこういう感情があるんだとまず受け止め、ナラティブパートナーとの対話の中で、この表現であれば公共化していいと納得がいくまで何度も模索していただきました。例えばSNSのように、こうしたフィルターをかけずに暴露的に喋ったら、一時的な高揚感はあるかもしれないけれど、後から嫌な気持ちになってくると思うんですね。過去のトラウマや幼少期の親との記憶といった要素も、作品に搾取されるのではなく、作品の強度を上げるためにシェアすることで昇華することができる。それは、ナラティブパートナーが、友達ではなく創作のパートナーだから達成できることだと思います」。

その間、竹中さんは、ナラティブパートナーを信頼して、内容的な部分に介入することはしなかった。竹中さんが手を貸したことは、ジャーナリズムのようなドキュメントではなくフィクションの語りにシフトしていくためのアイデアや、自分の声で自分の物語を演じ直す際の演出面でのアドバイスなど。「最終的な作品の正解が私になってしまうと、ナラティブパートナーとホーム・ケアリストのセッションが有機的にならないと思いました。そこで、作品の責任者は私ですが、各物語の内容に関するところは、ホーム・ケアリストとナラティブパートナーの2人が作るものだと最初からお伝えして進めていきました」。

座って展示物が見られるスペースでもあり、舞台美術でもあるインスタレーション。セノグラファー:中村友美
座って展示物が見られるスペースでもあり、舞台美術でもあるインスタレーション。セノグラファー:中村友美

ホーム・ケアリストを主体として、ナラティブパートナーは伴走し、演出の竹中さんは、そのホーム・ケアリストとナラティブパートナーの関係に伴走する。そうした時間をかけたやりとりそのものが、ホーム・ケアリストにとってのケアになったのではないだろうか。

さらに、話を聞いてくれる、対話するに留まらず、演劇の手法を用いた創作と表現が、ケアリストのケアにもなっている。心身ともにこの「痛み」は他者にはわかってもらえない、自分が痛いのに他者のことまで考える余裕がない。そう考えれば、やはり他人の痛みをそのまま共有したり、共感したりすることは不可能だ。しかし、参考文献の一つとして展示された伊藤亜紗『記憶する体』にあるように、同じ痛みを共有することはできなくても「分有」することはできるはず。介護経験はあっても育児経験はない筆者も、竹中さんが考える「他者を想像する装置」としての演劇を介して、ホーム・ケアリストの痛みを「分有」することができるのではないかと考えられる。

その際、ホーム・ケアリスト自身が、それまでの葛藤を物語にして“演じ直す”という創作と表現のプロセスを経ていることが功を奏している。ホーム・ケアリストが自らの追い詰められた状況を、演劇の素材として少し距離をとって見直すことができ、さらにユーモアに転じるなど、状況を整理し、見方を変えることも可能だからだ。一見面倒にも思えるそうした協働作業を経た作品だからこそ、鑑賞者も他者の痛みを分有しやすくなっているのだろう。ぜひ体験してほしい。

インフォメーション

サテライト・コール・シアター
会場:BUG(東京都千代田区丸の内1-9-2 グラントウキョウサウスタワー1F)
会期:2025年7月4日(金)〜7月21日(月・祝)
開館時間:11:00〜19:00
*イベント開催のため閉館時間が変更になる場合があります
休館日:火曜日
入場料:無料

*通常はいつ電話がかかってくるかわからないが、立て続けに電話がかかってくる連続上演プログラム「サテライト・コール・シアター ラッシュアワー」あり(要事前予約)。
公式ホームページ・その他関連イベント情報はこちらから

後編(7月17日公開予定)に続く

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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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