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「相談者」と「支援者」の境界線はアートでどう変わるのか?@アートプロジェクト「ある日」

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「ある日」を語り直す

ワークショップ参加者の中には、これがきっかけで背中を押されたのかはわからないが、やりたいことについて自分で調べるなど、具体的に動き始めた人もいると聞く。筆者も嬉しく感じるとともに、このプロジェクトは早急に結果を求めなくてもいいものであり、参加した人々に、あんな日もあったなと思える未来が訪れることを願うものでもある。

時間をかけて考える中で「プロジェクトが終わってからが重要だった」と語るのは岸野さんだ。よかったことはもちろん大きいが、大変だったことやそこで生じた変化など、整理できないこともある。金川さんのワークショップの日記や写真を残したことで振り返る機会があり、「ある日」を語り直していることに気づいたという。
語り直しの福祉的効果は、認知行動療法などさまざまな場面でも取り入れられているそうだ。その場合、ある意味、過去の体験に否定的な価値を与えながら改変していく方向性を持つ。しかしアートでは、否定も肯定もせずに受け止め、新たに創造するようなやり方になると、岸野さんは考える。
「写真を撮ったり日記を綴ったりという経験を通じて、困惑したことや疲れたことなどをその時の評価で終わらせず、もう一度言葉にしてみることも重要かなと改めて思いました。例えばハローワークに行き、自分のできることとできないことがわかって、ちょっと嫌な言い方されちゃった、と傷ついて帰ってきた相談者と一緒にこの出来事を振り返ることも『ケア』という意味で重要です。また、相談者自身、過去の中に『ある日』を持っていて、それは辛い体験だったりする。例えば学校を辛い場所として記憶している相談者が、実はその時相談に乗ってくれた友達がいたとか、別の視点で『ある日』を語り直せるのであれば、それは支援としても目指しているところかと思うんです」。
質問に答えて見えてくるものもある。「誰にどう聞かれるかで、自分の体験をどう語るかが変わるんだなという実感もありました。今まで順序立てて進めていた支援の中で、立ち止まってみるとか、ここまで1回戻ってみるとかいう方法もあるのかもしれないし。私個人としてもそうした体験の機会を多くいただきました」。

また、木練さんは、座間市庁舎の展覧会に2度出かけている。1回目は家族で行き、天候や気分や状況によって変わるのであればまた体験してみたいと思い、2回目は一人で。鑑賞者として、また新たな目で見えたという。同じものを何度も見ることも「語り直し」といえる。

立ち戻るための「ある日」から、語り直す「ある日」へ。参加した人々によって新たな意味が育てられている。

4市連携、広域でつながる必要性

2023年度、2024年度は内閣府の「地方版孤独・孤立対策官民連携プラットフォーム推進事業」を活用したが、今後大規模なアート・プロジェクトの継続は難しそうではある。しかし、今回の4市連携で横のつながりが生まれたことは大きな成果であった。他市の職員と本音で話し、勉強会などに参加する機会も増えたという。「一つの市ではできなかったことでも、相談しながら違う方法を模索できるようになった」と木練さんは話す。
例えば、孤独・孤立を抱える人のための居場所事業(地域で交流する場所、安心できる居場所を創る事業)では、市を超えた行き来や受け入れが可能になった。本人の生活圏より近隣の街の方が周囲の目を気にすることなく、行動しやすい人もいるからだ。
大和市ではこもりびと(引きこもり生活を送る人の呼称)支援の居場所事業の一つとして、地域の中に居場所を見つけていく取り組みも行っている。サッカーチーム「大和シルフィード」の試合時での配布物の封入作業スタッフもその一例だ。岸野さんは「今回、写真や日記、調理など、いろいろなアイデアをもらえたので、自分たちの他の事業にも活かしたい。屋外に出て何かやってみようか、とか。“アートでイタズラ”なんて思いもしなかったですし(笑)。もしまた4市連携で大きなプロジェクトがあれば、参加してみたいと思えるような職員や相談者が増えるよう土壌を引き継いでいきたい」と語る。

永田さんも「大変だと思う時もありましたが、相談者の方々が自己肯定感を持つことができるいいプロジェクトだったと思います。4市の絆も深まったので、これで終わることはないでしょう」と笑顔を見せた。

なお、初日の2月21日には、大和市でシンポジウムが行われた。「孤独・孤立にアートができること」と題して、第一部には大西連さん(内閣府孤独・孤立対策推進室政策参与、認定NPO法人自立生活者サポートセンター、もやい理事長)、第二部には奥田知志さん(NPO法人抱撲理事長)などが登壇。アートの効果の事例や広域/多職種で連携していく必要性などが語られた。

キュンチョメ《いま、すべての生き物が呼吸している》座間市役所庁舎 展望回廊 撮影:筆者
キュンチョメ《いま、すべての生き物が呼吸している》座間市役所庁舎 展望回廊 撮影:筆者

フリーライターという不安定な職業の筆者にとっても、今回の「孤独・孤立」問題は他人事ではない。また、中学生の頃、いじめが原因で、長らく顔を上げて街を歩けなかったこともある。しかしそのとき美術部に友達がいて、映画や美術や音楽が救いになった。誰にでもあることなどと言って、それぞれ個別の経験を矮小化するつもりはない。ただ、この「ある日」を語り直すことがヒントになり、筆者自身のケアにもなったと思う。先の見えないまま紆余曲折を経ていくアートプロジェクトは、人生のつくり方にも似て、それでこれまで取材を続けてきたのかもしれない。巡回スタッフをしていた相談者と夕日が見られてよかった。今、部屋で思い悩んでいる人には、市役所などぜひ地域の相談機関に足を運んでみてほしい。

次回連載第5回は5月9日公開予定です。

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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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