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宇宙ネタのテッパン「ブラックホール」の意外に知られてない本当の姿【ブラックホールの不思議/後編】

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実はブラックホールにも様々な種類があります。
銀河の中心にあるような太陽の重さの100万倍以上の重さのものは「超大質量ブラックホール」といいます。この広大な宇宙の中に存在するブラックホールの中でも、これらは非常に大きい部類です。実際にもっと小さいブラックホールを、私は研究の中で発見したことがあります。

これより小さいブラックホールには「中間質量ブラックホール」と「恒星質量ブラックホール」があります。中間質量ブラックホールは、太陽の1000倍から1万倍程度の重さのものを指しています。恒星質量ブラックホールは太陽の10倍程度のもので、近年はその研究が盛んに行われています。今年の「科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞」を受賞した研究も、まさにこの分野でした。

2024年4月に、国内の注目すべき研究やその研究者に送られる文部科学大臣表彰の選考結果が発表されました。その中で、前述の若手科学者賞を受賞したのが愛媛大学の志達しだつめぐみ准教授です。

志達准教授が受賞にあたり評価されたのが、ブラックホール研究についてでした。
観測的にブラックホールを解明する研究を推進している点は、日本の天文学が世界を牽引している要素の一つとも言えます。実は志達さんとは国際宇宙ステーションにある観測装置MAXIの運用チームで一緒に研究をさせていただき、私の論文でも非常にお世話になったので、受賞されたことを聞いて、すごく嬉しかったです。

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強大な重力によって他の天体を引きつけ、光をも吸い込む天体なのに、どうやって天文学の観測研究を行うのか疑問に思う人もいるかもしれません。実はブラックホールはある意味では“輝いている”のです。実際天体自体は光を放っていないのですが、そこに吸い込まれていく星が、ブラックホールの重要な情報を私たちに放ってくれています。

一例として、「ブラックホールX線連星」を紹介します。これは、太陽のように自ら輝く恒星と、恒星質量ブラックホールがセットになって、お互いの周りを回っている天体です。三体の解説記事に、3つの恒星がぐるぐる回りあっている天体を紹介しましたが、こちらの方が恐ろしそうですよね。

このブラックホールが、連なっている恒星のガスを吸い込んでいく際に、まるで断末魔の叫びのようにX線が放射されます。この吸い込まれていく時のX線の様子を見ることで、ブラックホールがどのような重さを持っているかなどを見積もることができ、ブラックホールの理解が深まっていきます。

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ブラックホールは恒星を吸い込むだけでなく、お腹がいっぱいになったかのようにそれらを外に向かって吐き出す場合があります。その時は吸い込んでいる時に比べてブラックホールが1万倍以上明るくなることがあります。
普段はX線を出しているものの、そこまで明るくなく見えないブラックホールも、このゲップのような増光でその姿が確認されたりします。今も年に数回「新ブラックホール発見」のニュースが出てくるのですが、その多くはこういった現象によって発見されます。

実は私も新天体発見に観測機の運用チームメンバーとして何度か関わったことがありました。その中には新しいブラックホールの発見もあり、その喜びはなかなか味わうことができない素敵な経験でした。

超大質量ブラックホールのイメージ図  画像提供/NASA
超大質量ブラックホールのイメージ図  画像提供/NASA

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2023年9月に打ち上がり、この連載でも紹介した史上最高性能のX線観測衛星XRISMのメインミッションの一つにも、ブラックホールの観測が含まれています。
文部科学大臣表彰での国内の注目度合いだけでなく、世界的にもブラックホール研究には期待が寄せられています。

ブラックホールを研究することは、宇宙の歴史を紐解く上で重要だと考えられています。初期の宇宙空間でどのようにブラックホールができ、その後どのように成長してきたのかを解明することは、宇宙そのものの歴史を解明することにつながります。

加えて、ブラックホール周辺は地球上では再現できないような極限状態のため、私たちの知る科学がどこまで応用可能なのか、新しい概念が必要なのかを知ることもできます。そんなブラックホール研究が目まぐるしい発展を遂げる現代で、これからどんな新事実が明らかになっていくのか、非常に楽しみです。

この記事のお供はこのお酒!

 京都府京都市にある京都醸造「黒潮の如く」。ブラックホールに吸い込まれていく星の流れと、世界最大の海流の一つである黒潮に共通性を感じてピックアップした一杯。香ばしさとフルーティーさのある甘みが、スタウト好きな私の個人的なお気に入りポイントでした。黒ビールと一括りにしている人にはその違いを感じやすく飲みやすいのでおすすめです。

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 次回連載第16回は6月28日(金)公開予定です。

参考資料

天文学辞典/公益社団法人 日本天文学会

令和6年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞の受賞者に志達めぐみ准教授が決定/愛媛大学プレスリリース 2024年4月9日 

MAXI サイエンスニュース/JAXA 2019年4月4日

XRISMが挑む宇宙の謎/X線分光撮像衛星XRISM

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新刊紹介

佐々木亮

ささき・りょう
理学博士。独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わり、その経験と知見を生かし、ポッドキャスト「佐々木亮の宇宙ばなし」を毎日配信している。旬の宇宙トピックスを親しみやすく解説する内容で注目を集め、Apple Podcast日本ランキング3位を達成。第3回Japan Podcast Awardsも受賞する。現在はデータサイエンティスト、中央大学講師として活動している。
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