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検察官の誘導テクニックは、一流の不動産営業マンに似ている──作家・新庄耕が、プレサンス元社長・山岸忍に聞く【前編】

叩き込まれた不動産の営業テクニック

──検察官は有罪に落とし込むための供述を得るために、巧みに誘導してくる様子が録音録画の反訳であきらかになりました。
 
 とにかく検察官はうまいですから。普通にやってたら言いくるめられて、あちらの流れになっちゃいます。

 最初は、オープンクエスチョンなんですよ。ずっと最初の前半、何時間かは、全部「〜か?」なんですね。自由にこたえられるオープンな質問なんですよ。後半になってくると、「〜ね?」というクローズドクエッションに変わってくるんです。「〜か?」って言われたら、好きなようにしゃべりますよね。そこを後半に「〜ね?」で、全部つぶしていくんですよ。

 それって実は、私たち(不動産営業のやり方)と一緒なんです。マンション売るのに私は、ほとんど商品の話しませんでしたからね、若いとき。まずはほとんど雑談で、自分がどんな人なのか自己開示をして、お客さんに信頼してもらう。更にこっちが自己開示をすることでお客さんの自己開示も引き出して、そこで、このお客さんはこういうことを喜ぶんだ、こういうことを悲しむんだ、こういうことを心配してるんだっていうのをつかんで、その材料で最終的にマンションを売り込むというようなことをやってたんで。

 お客さんに高額商品を買ってもらう際に、嫌いな人間から絶対買わないわけですよ。どんないいものでも、嫌いな人間から買わないんです。ということは相手に好かれなくちゃいけないんです。自己開示しないと距離は詰められないんですよね。

 まさしく、検察官のテクニックと一緒です。

──山岸さんはそういった営業テクニックを、大京観光時代に教わったのでしょうか。

 大京観光の上司から徹底的に叩き込まれましたね。厳しかったです。上司は人が嫌がること、人が言われたくないことを最初に突きつける人でした。例えば、私がお客さんを詰め切れず売れなかったときに、「おまえの精神状態、〇〇だったろ。負けてんじゃねえかよ。自分に負けてんじゃねえかよ。根性ねえな」って、こう来る。その時は悪夢でしたけど、今は感謝してますよ。

 これを今やると、パワハラって言われちゃいますけどね。

──コンプライアンスが叫ばれ、パワハラを許さないような現在の風潮をどう見られますか。

(1980年代後半の)大京観光という会社は「虎の穴」みたいなところで、それに耐え抜いた新入社員は1年で精鋭になっていく。私自身としてはそんな大京観光に感謝してます。

「弱者を切り捨てる社会」になってしまうことを危惧しています。できない子は器用じゃないわけですよ。昔の私のような器用じゃない人間は、上を目指せなくなりますよね。私は不器用でしたけど、上司が徹底的に鍛えてくれたからこうなれたわけです。これがなくなったら弱者切り捨て社会になりますよ。

──労働時間も長かったのでしょうか。

 それが称賛された時代ですよね。「24時間戦えますか?」というコマーシャルが流れるような時代です。今、違いますよね。そんなことしたらとんでもない。会社つぶされますよ。

 当時は睡眠時間も短かった。仕事終わるのが大体、11時半ぐらいで、そこから飲みに行くぞって言われて、よく連れてってもらいました。家帰るのが、大体、2時とか3時。朝8時前には出社しなければいけないので、睡眠時間は3、4時間。休みも月1日ぐらいしかなかったです。

──あの時代は、やはりそれが当たり前だったんですか。

 世間一般では当たり前じゃないけど、大京観光では当たり前でした。そんな大京観光で当時なんでやれたかと言うと、私は新卒で入ったので、他の会社を知らなかったことが大きいです。

 逆に、何でもありの会社でしたから、そういう面では学生時代と変わらなかったわけです。「こんなんでええんや」という楽しさはありました。社内営業とか派閥とか、そういう面倒くさいのが一切ない。数字を上げたら偉い。数字を上げたら褒められる。逆に数字を上げなかったらつめられる。そういう本当に単純な組織だったので、新卒で入社した私にしてみたら、本当にやりやすかったですね。

新庄耕氏
新庄耕氏

新卒採用=純粋培養の利点

──「新卒採用」の利点ですね。キーエンスのように、新卒採用のみで成功している会社も多いですよね。

 プレサンス時代、私は経験者をあんまり採らない主義でした。頭がこり固まってる人を雇うより、「純粋培養」の新卒を採りました。販売でのし上がっていった会社なんで、純粋培養が必要なんです。もしくは、今まで職や上司に恵まれてなかった人間を採りたい。

 今の会社(ツクヨミホールディングス)は、逆に販売員を持ちたくない。開発だけ、B to Bだけの商売をする会社にしていますんで、今度は逆に経験者のほうがいいんです。

──プレサンス時代は、山岸さんも新卒採用の面接をされていたんですか。

 最初はやってましたよ。でも販売だけではなく自社開発を始めるとそっちが面白くなってきて、面接とか採用は他の役員に任せました。

 役員連中のことを信頼してましたね。組織をすごい縦割りにつくったんですよ。そのほうが成長しやすいと思ったんです。縦割りの指示系統で、トップに私がいて、直にばんばん指示を出せれば、面倒くさいものが何もないわけです。それで会社が急成長しました。だけど、ややこしい問題が起こったときにブレーキが利きにくくなりました。

 私は2000億ぐらいの売上げの会社をつくるのに長けていたかもしれませんが、これを5000億とか1兆にするような能力を持ち合わせていなかったんだと思います。逆に言うと、そんな縦割りの組織で5000億とか1兆円いったら、それこそ、もっととんでもない大事件に巻き込まれてたかも分かんないです。

【前編 終わり】

 ☆インタビュー後編はこちら👇
冤罪事件のきっかけと『地面師たち』に共通した〈気持ち悪さ〉──作家・新庄耕が、プレサンス元社長・山岸忍に聞く【後編】

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新庄耕

しんじょう・こう
1983年京都府生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年『狭小邸宅』ですばる文学賞受賞。著書に『ニューカルマ』『カトク 過重労働撲滅特別対策班』『サーラレーオ』『地面師たち』『夏が破れる』など。最新刊は『地面師たち ファイナル・ベッツ』。

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