2025.3.27
『午前三時の化粧水』で40代からの結婚も描いた爪切男。「美容に興味を持った生活をしていなかったら結婚には踏み切っていない」
(取材・文/土佐有明 撮影/齊藤晴香)

(前編はこちらから)
期待に応えて妻が喜んでくれるのは嬉しい
――『午前三時の化粧水』では、連載の最後で結婚したことを公表されましたね。
このエッセイの最終回に何を書いたらいいか悩んでいた時に、結婚を公表するのがいちばんいい締めになるかな、と。でも、この連載をしていなければ、おそらく結婚には踏み切っていないと思います。誰かと幸せな生活を送るために努力をできるわけでもなし、自分のことだけ考えて一生自堕落な生活をしていたいと願う自分は、この世で一番結婚に向いていない人間だと思っていました。でも、この連載を続けるうちに「自分はまだ変わることができるし、変わることを諦めていないんだな」と気付くことができました。
――歴代の彼女は「変わらなくていい、そのままでいい」って言ってくれていたわけですか?
そうです。これまでの彼女は、「そのままでいいよ。あなたのダメなところを受け止めるから、私のダメなところも許してね」みたいな感じでした。共依存に近かったかもしれないですね。あるがままに生きていくのもひとつの愛の形、答えだったと思いますが、やっぱりそれだけじゃダメなのかなって今は身に染みて思いますね。
――変わってほしいと言ってくれた奥さんが特別だった。
そうですね。「派手なTシャツもいいけど、シンプルな服も似合うと思うよ」とか、「もう少しだけ野菜を食べようよ」とか、諦めずに何度も言い続けてくれました。今までの恋人たちからも似たようなことを言われた経験はあるんですが、私が一度拒絶すると、それきりで終わってたんです。
「そんなことを言うのはあなただけだよ。友達や他の人は何にも言わないよ」と私が言うと「それはね、言っても意味がないって呆れてるんだよ。いい加減それに気付きなさい」と言われて目が覚めましたね。おじさんの悪い癖で、まわりの人から何も言われないから今の自分は間違っていないって思うのは、非常に危ういんだなと思いました。誰も責任は取ってくれないんですよね。私があのまま太り続けて、家で死んでも「爪さんらしい死に方だったね」で終わるんでしょうしね(笑)。
――実際、奥さんに「変わった」と言われましたか?
たまに褒めてくれるけど、本当のところはどうだろう。でも、変わった云々よりも、妻の期待に応えられているんだったら嬉しいですね。これまでは、ファンの方の期待に応えることばかり考えていたんです。私は外面がいいし、ええかっこしいなんで、爪切男はこういう人であってほしいですっていう期待には応えようと張り切りました。だけど、いちばん身近にいる恋人や大切な友達の期待には応えてこなかったんだなと反省しました。
誰かと一緒に幸せな生活を送ってはいけない人間だと思っていた
――本にも出てきますけど、結婚して幸せになったら面白いことが書けなくなるんじゃないかっていう不安って、多くの表現者が持っていると思うんですけど。そこは今どうですか?
それは難しいですよね。私の世代だったら明石家さんまさんの例がよく挙がるじゃないですか。結婚していた時はつまらなかった、でも離婚してからは手がつけられないくらい面白くなったとか言われていますよね。私はどうだろう……。どう転ぶかは分からないですけど、今より悪くなることはないだろうから、自分の可能性をどんどん広げていきたいと思いますね。
――結婚を通じて書けることの幅は広がったんじゃないですか?
もし仮にズタボロの離婚とかしたら、みんなが望むようなとんでもない悲喜こもごもの一大巨編を書くような気はしますけど。でも、無理にそこまでおもしろおかしく書かなくてもいいかなって。これからは下手に笑いに走らないように、自分の気持ちをただ素直に書くのもいいのかな、とは思っていますね。
今までの私は、自分は誰かと一緒に幸せな生活を送ってはいけない人間だと思って、自分の過去をあけすけもなく晒し、どんな悲劇も喜劇に変えてきました。玉乗りをするピエロのように、それを書くのが自分の使命みたいな感じに思っていたんです。でも、実際はピエロは玉乗りをしながら泣いていたんですね。妻と出会うことによってその呪縛からもいくらか解放されたと思います。
あと、とりあえず1回ぐらいは結婚してみたいという憧れはあったから結婚できて嬉しい、という気持ちも正直あります。もしずっと独りぼっちだったら、文章から哀愁は滲み出るかもしれないですけど、結婚を知った上で独りぼっちになったら、表現にさらに深みも出るかなって思います。こんな私と結婚してくれて感謝しかないですね。
