よみタイ

「僕は、挫折を経てなにかを成し遂げた人たちに強く惹かれてしまうんです」 【戸部田誠『王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記』刊行記念インタビュー】

「てれびのスキマ」がのぞいだマンガの世界――戸部田誠さんの新刊『王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記』が明日5月9日に発売になります。
その刊行を記念したインタビューを前・後編にわけてお届けします。刊行にいたる制作秘話や、取材を経て感じた「少年ジャンプ+」のヒットの理由など、様々なお話を伺いました。
取材と執筆は「M-1グランプリ」を追ったノンフィクション『マイク一本、一千万』などの著書があり、自身も芸人やエンタメを愛する唐澤和也さんが担当します。(文中敬称略)

(取材・文/唐澤和也 撮影/藤澤由加)
著者自身も、テレビ・芸能以外をテーマにした本としては初挑戦となる。
著者自身も、テレビ・芸能以外をテーマにした本としては初挑戦となる。

テレビとマンガ、その舞台裏は違うのか?

テレビの達人がマンガについて書く。より正確に記すのなら、稀代のテレビっ子でありテレビ関連の著作を多数持つ書き手が、マンガ誌アプリである『少年ジャンプ+』創刊からの10年間の紆余曲折をノンフィクションで描くという。

著者の名は、戸部田誠。なにしろ、デビュー時からのペンネームが「てれびのスキマ」である。主戦場であるテレビではなく、マンガというメディアにまつわる書籍への執筆依頼に「自分でいいの?」と一瞬だけ戸惑いつつも、書き手としての本能がくすぐられたのは、マンガというジャンルへの興味と巨大なブランド「ジャンプ」への底知れなさだった。

「テレビっ子とはいえマンガも大好きでしたし、子供の頃から『週刊少年ジャンプ』はふつうに愛読していましたね。静岡県で育ったんですけど、中学生時代は森田まさのりさんの『ろくでなしBLUES』が好きでした。雑誌派だったので同じ号を何回も何回も読んで、このマンガで東京の地名を覚えました。主人公が通う帝拳高校のある街に憧れて『吉祥寺のことをジョージって言うんだ!』なんて(笑)。マンガとのかかわりはそんな感じで、まぁ、僕ら世代のごく一般的なものだったと思うんですけど、今回の取材を通して感じたのは、テレビ業界とマンガの世界の近さでした。僕も表現者の端くれではあるので、読者を想定して考えるのは〝少しでも多くの人に読んでもらいたい〟ということ。でも、テレビのディレクターやプロデューサーも『ジャンプ+』のマンガ編集者も、大多数の視聴者や読者が存在しているという前提がある。そのうえで、どう突き抜けるかを徹底的に模索している。その共通点は書くうえでのよりどころにはなったのですが、あの〝ジャンプ〟を名に冠するメディアですから。底知れなさというか、果てしなさも感じました」

果てしなさの区切りとなったのが、本書のサブタイトルにもなっている(「少年ジャンプ+」の10年戦記)というコンセプトだった。『少年ジャンプ+』の創刊は、2014年9月22日。戸部田の執筆パターンは大別して2つあり、音楽の世界でたとえるのならDJのように、豊富な資料の点と点をつないで独自の視点を生み出して書く時と、地道にインタビューを重ねてオリジナルな資料を作成してから綴る場合がある。本作は後者だった。『少年ジャンプ+』創刊からの10年間に携ったマンガ編集者、外部スタッフなど、多くの関係者を取材した。

なぜ、「王者」の「挑戦」だったのか?

「大人の青春が大好きで、たいだい僕が書くとそうなってしまう」。
「大人の青春が大好きで、たいだい僕が書くとそうなってしまう」。

戸部田の著作は、本のタイトルや帯のコピーを使って、端的な言葉でテーマを語っているものが多い。日本テレビがフジテレビを逆転して視聴率3冠を達成するまでのノンフィクション『全部やれ。』ならば、サブタイトルに「日本テレビ〝えげつない〟勝ち方」。『笑福亭鶴瓶論』の帯コピーは「〝スケベ〟で奥深い」。そして本書のメインタイトルは『王者の〝挑戦〟』である。

「『少年ジャンプ+』の創刊時のメンバーである細野さんと籾山さんを最初に取材させてもらったあとすぐに、書籍担当者との打ち合わせで『この本は、王者の挑戦ですね』と僕から提案させてもらった記憶があります。外部から見れば、いまだってそうですけど、10年前の『週刊少年ジャンプ』はマンガ業界の王者でした。なのに、失敗するかもしれないアプリという未知のメディアに『少年ジャンプ+』とジャンプの名を冠するだなんて、挑戦以外のなにものでもないと感じたんです。部外者の感覚ですけど、他のマンガ誌アプリがもっと成功してからその範にならって参入するといった王者らしい方法論もあったはずですから。でも、『少年ジャンプ+』はそうはしなかった。『少年ジャンプ+』発のオリジナルマンガでコミックス単巻での初版100万部を目指したり、大きなお金にはならないかもしれないのに初期段階から新人発掘のための投稿サービス機能にこだわったりと挑戦し続けた。しかも、取材させてもらった多くのマンガ編集者が、会社員であれば当然ですけど人事異動をはじめ様々な挫折を経験していました。僕は、そういう挫折を経てなにかを成し遂げた人たちに強く惹かれてしまうんです」

戸部田作品の魅力のひとつが、大人の青春を描いているところだ。
たとえば、本書に登場するあるマンガ編集者は、いい歳をした大人にも限らず東京・神楽坂の路上で泣く。自身が準備していた企画が諸般の事情でストップがかかり、関わってくれたプロフェッショナルたちへの申し訳なさからだった。

「あぁ、もう大好きですね、大人の青春は。だいたい僕が書くとそうなっちゃうんですよ。神楽坂の路上で泣いてしまったその編集者は、『月刊少年ジャンプ』を1年で異動になって、『週刊少年ジャンプ』に移れたのに結局はマンガの現場から離れるという経験するんです。ご本人の気持ちとしては(漫画編集者としては失格なんだなぁ)と挫折を感じたわけですが、異動した部署で『少年ジャンプ+』の前身となる『ジャンプLIVE』に携わることになり、もう一度、漫画編集者への道がひらける。その時の彼は、深夜のファミレスで一心不乱に『ジャンプLIVE』の企画書を作り上げるんですね。そういう積み重ねが、ちょっとずつちょっとずつ報われていくし、あとから振り返れば『少年ジャンプ+』の礎を築いていくことになる。まさに、挫折を経てなにかを成し遂げた人たちですよね。そういうところは、やはり心に響く部分でした」

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

新刊紹介

唐澤和也

からさわ・かずや●1967年、愛知県生まれ。 明治大学卒業後、広告代理店勤務を経てフリーライターに。
単著に『負け犬伝説』『マイク一本、一千万』(ともに、ぴあ)、 企画・構成書に、爆笑問題・太田光自伝『カラス』(小学館)、 田口壮『何苦楚日記』(主婦と生活社)、 森田まさのり『べしゃる漫画家』(集英社)などがある。

戸部田誠(てれびのスキマ)

とべた・まこと
●1978年生まれ。ライター。ペンネームは「てれびのスキマ」。
『タモリ学』『1989年のテレビっ子』『笑福亭鶴瓶論』『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』『売れるには理由がある』『芸能界誕生』など著書多数。
公式X@u5u

週間ランキング 今読まれているホットな記事