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完璧な人しかフェミニストになれない世界なら息苦しいだけ。今、わたしたちに必要なシスターフッド論【ブレイディみかこさん×宇垣美里さん『SISTER“FOOT”EMPATHY』刊行記念対談/前編】

「日本の女性たちもやれるよ」と伝える連載にしたかった

ブレイディ 個人主義的フェミニズムというか、よく新自由主義的フェミニズムといわれますが、女性たちの中には「女性のリーダーが増えれば女性の地位は上がる」と信じて会社の中や政治の世界でトップに就こうと頑張ってきた人もいるけれど、皆が皆そうではない。「別に成功しなくてもいい」と考える人たちもいるし、病気を抱えていたりつらい状況にいたりして声を上げられない人もいるはずで。そういう人達を取り残して、資本主義の形態の中で成功した人だけのフェミニズムになってしまうと、大きな社会を変える力には発展しづらいですよね。
栗原康というアナキストの友達がいて、彼の言葉に「一丸となってバラバラに生きろ」っていう名言があるんですけど、そうやってバラバラに生きている女性たちが一丸となって何かできるのがシスターフッドかなと。例えば本の最初に書いた、全国の女性の9割が参加したアイスランドのストライキ(女性の休日)の話、知ってました?

宇垣 知りませんでした。うらやましいというか、それを目撃する子どもでありたかった!という気持ちで読んでいました。

ブレイディ 小さな国とはいえ9割の女性が参加するって、ちょっと想像できないですよね。しかも、働いている女性たちだけでなく、主婦の女性たちも「家事や子育ても労働だから私たちはそれをストする」と手をつないで一緒に出ていった。
どうしてもフェミニズムって、子どもがいる/いない、結婚している/していない、働いている/働いていないとか、すごく分断線が生まれやすいじゃないですか。そういうものを全部取っ払って、9割の女性たちが1日ストをやって社会をとめたんです。そういうことを本当に起こした国がある、不可能じゃないんだ、という話を通じて、「日本の女性たちもやれるよ」と伝える連載にしたいと思って、1回目のテーマにしました。

宇垣 すごく勇気づけられましたし、自分は見ていないのにまるで当時のことを思い出すかのような心震える感じがありました。
時々同じ職業の人のことをライバルだと思ってるんでしょう? どうせ嫌いなんでしょう? みたいな意地悪なことを言ってくる方がいらっしゃるんです。でも、私は同じ職業という共通点があるなら、それだからこそその人にも幸せになってほしい。だってそれこそシスターじゃんって思うんですよね。職業に限らずたとえその人のことが大嫌いでも、何か困っているなら手を差し伸べたい。
女性同士って実際にそうやって生きてきた気がするんです。学生時代も体調が悪いときにスッと薬を渡してもらったり、さりげなく保健室に連れ行ってもらったり。それは大人になっても、立場が変わっても、きっとできるはずだと思っています。

ブレイディ 女性同士のつながりや友情というのがシスターフッドの本来の意味ですものね。たとえ階層や環境、人種が違っても、それこそ「エンパシー(他者への想像力)」を使いながら、「どうしてこのあたりが違うんだろう?」「でも、ここではつながれるよね」って広げていくことが、社会を変えていく力になりますから。それに、日本が女性問題で遅れていることは、悲しいことに欧州などではもう一般常識になっているので。

宇垣 そうみたいですね。それこそ今、日本の女性作家の本がいろいろな国で読まれているのは、ある種「サバイバー」に対する視点があるという話を聞いて、「私たちはサバイバーやったんや……」とびっくりしちゃって。そういうふうに見えるのかと。

完璧な人しかフェミニストになれない世界は息苦しいだけ

ブレイディ 英国推理作家協会主催の「ダガー賞」を受賞した王谷晶さんの作品などは、日本はフェミニズム的に遅れているという前提があるからこそ、イギリスの人が読んだときに、「こういう作品がついに日本でも出てきたんだ」という文脈で読まれている部分はめちゃくちゃ大きいと思いますね。
実は10月に、アイスランドで起きたストライキのドキュメンタリー映画『女性の休日』が日本で公開されるんです。印象的だったのは、それぞれ政治思想が違うから「ストライキ」という言葉を嫌がる人もいて、なかなか話がまとまらない。そのときに、中道派の女性が「『女性の休日』って呼べばいいんじゃない」と言ったら皆がそのアイディアに乗ったんです。自分が思う100%は叶えられなくても、60%でも納得できるなら乗っていこうという姿勢は、まさに寛容でありエンパシー。多数決の「勝ち負け」の論理じゃなくて、納得いくまで粘り強く話し合い、合意に達したところがすごい。そうやって成し遂げられたすごいストライキだったんだなと。

宇垣 絶対観ます!

ブレイディ ぜひ。作品の中でね、アイスランドの現代の若い女性たちが「女性の休日をどう思うか」という質問に、「お母さんたちがやってくれた」って言うんですよ。それもまたシスターフッドじゃないですか。おばあちゃんやお母さんの世代からの流れがあるから今の自分たちは昔より生きやすくなっている。だから、日本も50年後に「お母さんたちの世代がやってくれた」って言われるようなことをできたらいいですよね。

宇垣 それこそ連続テレビ小説『虎に翼』を観ていて、私が今働いていることは当たり前ではなく、女性が法律上の「無能力者」とされて権利を持てなかった時代からここまで切り拓いてくれた人がいたんだと感じたときに、「恥ずかしい」と思っちゃったんです。こんなふうに切り拓いてくれた人がいるのに、私は何が残せるんだろう。自分がやってもらったことを私も誰かに返さなきゃって。今こうしていられるのは、誰かの血反吐を吐くような思いと行動の結果だから、私も何かしら切り拓いていきたい。本当にそう思います。

ブレイディ シスターフッドって横のつながりを考えがちですけど、そういう時代から行動し続けてくれた人たちがいたから今があることは本当に忘れちゃいけませんよね。これも、過去から現代に繋がっているシスターフッド。日本は特に、もっと開かれる扉があっていいと思います。

宇垣 ブレイディさんの本を読んでいて、そうだそうだと思ったのが、時代を切り拓いてきてくれたフェミニストたちにも、ちょっと危うかったりお茶目だったり、普通にヤバいところがあったこと。男性も含めて、歴史上の人物も「実はこういう一面があった」っていう話がたくさんあるじゃないですか。私はそういう人間らしいエピソードを読むのがすごく好きなんです。自分がフェミニストを名乗るときに「ちゃんとしなきゃいけない」と思うとすごく大変じゃないですか。間違えない人なんてこの世にはいないので。

ブレイディ もし完璧な人しかフェミニストになれないとしたら、誰もなれないですよね。この本に登場する人たちも、すごいことを成し遂げてきたけれど、ちょっと危険な思想を持っていたり差別的な発言をしていたり。だからといって、その人が成し遂げたことまでキャンセルする必要はなくて、「素晴らしいことをした人だけど、こういうところもあったよね。人間ってそういうものだよね」ってなれたらいいなと思いますね。

宇垣 本当に。完璧な人なんていないですもんね。

ブレイディ そんな完璧主義のフェミニストなんて、息苦しくて居場所がない感じがしますよね。「お互いに自分の落ち度も認めながら対話をしていかなければ何も変わらない」というのも、この本で言いたかったことのひとつです。

後編に続く

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SISTER“FOOT”EMPATHY

1,760円(税込)/集英社
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●アイスランド発「ウィメンズ・ストライキ」の“共謀”に学ぼう
●シスターフッドのドレスコードはむしろ「差異万歳!」
●完璧じゃないわたしたちでいい
●シスター「フット」な女子サッカーの歴史
●オンライン・ミソジニーをボイコットするときが来た
●歴史から女性たちを消させない
●バービー、シンディ、そしてリカ
●焼き芋とドーナツ。食べ物から考える女性の労働環境
●街の書店から女性の歴史と未来を変える
●古い定説を覆すママアスリートの存在
……etc

雑誌『SPUR』での連載3年分に、新たに加筆修正を加えたエッセイ39編を収録。
わたしたちがもっと自由になるための、新時代シスターフッド論!

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新刊紹介

ブレイディみかこ

●ライター・コラムニスト。1996年より英国在住。2017年『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)で第16回新潮ドキュメント賞受賞。19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)で第73回毎日出版文化賞特別賞受賞、第2回Yahoo!ニュース|本屋大賞ノンフィクション本大賞などを受賞。小説作品に『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』(KADOKAWA)、『両手にトカレフ』(ポプラ社)、『リスペクト ――R・E・S・P・E・C・T』(筑摩書房)などがある。近著には『地べたから考える――世界はそこだけじゃないから』(筑摩書房)。

宇垣美里

うがき・みさと●1991年 兵庫県神戸市出身。2014年4月にTBSに入社し、アナウンサーとして数々の番組に出演。 2019年3月に退社後、現在はドラマやラジオ、雑誌出演のほか『週刊文春』、『女子SPA!』などで漫画・映画のコラム連載など執筆業でも活躍中。著書に『今日もマンガを読んでいる』(文藝春秋)フォトエッセイ『風をたべる』(集英社)など。TBSラジオ『アフター6ジャンクション2』水曜パートナー、ニッポン放送Podcast番組「宇垣美里のスタートアップニッポン powered byオールナイトニッポン」パーソナリティを担当している。

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