よみタイ

【椎名誠さん×群ようこさん『続々 失踪願望。 病み上がり乾杯編』『ちゃぶ台ぐるぐる』刊行記念対談/後編】

最初は目黒さんが怖かった

 最初は目黒さんが怖かったんですよ。絶対うまくやれないと思っていましたから。

椎名 どうして?

 目黒さんも私のことをまだ信用してなかったと思うんです。「本の雑誌」時代に言われた言葉でいちばんショックだったのが、目黒さんに最初に言われた「定期は1ヶ月だけ買ってください」でしたから。

椎名 それはね、目黒が彼の短い社会人生活で学んだことなんだ。あいつはいい加減なヤツだったんだ。

 信じられないです。あんなきちんとした方なのに。

椎名 俺がいた会社でも入って3日目で「辞めたい」と言ったんだけど、それまでもいくつかの会社に入っては1ヶ月で辞めることを繰り返していた。でも各社はきちんと通勤定期を発行してくれていて、それを返してなかったんだ。5-6枚の定期をババ抜きみたいに持って「今日はどれを使おうか」とか言ってた。その経験がその言葉になったんだよ、きっと。

 そうだったんですね。でも私は「本の雑誌」が大好きだったので「真面目にお仕事すればいいや」と働いていたら、間もなく目黒さんに「定期、半年分で買っていいからね」と言っていただいて「ああ、信用されたんだな」と感じました。

椎名 でも当初は暇だったでしょう。

 電話が本当に鳴らないんです。私は「本の雑誌」が好きで愛読していたから、自分が好きなものって多くの人も好きと思いこむようなところがあって、注文がどんどん来ると勝手に勘違いしていたんです。

椎名 ははは。

 あまりに電話が鳴らないので壊れていると思って、天気予報の「177」(現在はサービス終了)や時報の「117」にかけてみたり。

椎名 かけてくるのは俺たちくらい?

 そうでしたね。目黒さんと椎名さんと、星山(佳須也)さんからの電話も時々お受けしました。あとは沢野(ひとし)さんが「お兄ちゃんいる?」と椎名さんにかけてきたり。

椎名 俺なんかはずっと男社会にいたから女性にどう接していいのか分からなかったけれど、沢野は女きょうだいもいるし、高校の時からずっと女性に対して戦略的なんだ。

 それは意外です。

椎名 慶和ビル(四谷三丁目にあった当時の編集部)時代に、沢野が鏡を持ってきたことがあったでしょう。

 ありました。「女性には必要だろうから」って。感激した記憶があります。

椎名 俺や目黒にはそんな発想すらない。そういう女性への優しさはあって、女性はいつもそれに騙される。

 騙されてるんですか。でも流石だなと思いました。

椎名 そうだね、学べるなあとは思ったよ。実行はしなかったけれど。木村(晋介)なんかもよく来たでしょう。

 いらっしゃいましたね。

椎名 あいつも色々な逸話を残したけれど、だいたい酔っ払って夜中に来るんだ。

 そうでしたね。

椎名 酔っ払ってるからそのうち寝ちゃうんだけれど、冬は寒くて、でもまだ布団がなかったんだよね。そしたらあいつ、本棚には本がいっぱいあるからそれを全部、自分の体の上に広げて瓦屋根みたいになって寝ていた。それを群さんは発見しているはずだ。

 それよりも私は、夜中にお酒を飲みたくなった木村先生が、冷凍庫のカッチカチに大きく固まってしまった氷を細かく砕くために流しにガンガンぶつけていて、その音で下の階から苦情が来たことが印象深いです。翌日、管理人さんにものすごく怒られました。

40年前のさまざまな逸話があふれ出す椎名誠さん
40年前のさまざまな逸話があふれ出す椎名誠さん

電話がいっぱいありました

椎名 俺はいろんな相手と仕事することで外交担当のようなものだったけれど、群さんは内政をしてくれてたんだな、と改めて思うよ。アルバイトの学生もたくさんいたし。

 いましたねえ。多い時には20人くらい。

椎名 注文が入らない時はやることなくて、壁側に座ってたむろしているだけなんだけど、それを群さんが仕切ってくれて。

 きっと当時のアルバイトの人たちに私の印象を聞くと「いつも怒っている人」って言うと思います。でも本当にいつも怒ってたんですよ。

椎名 俺が知ってるのはね、お湯を沸かしていたやかんの上に誰かが靴下を置いて乾かそうとしていた。それを見て群さんは怒る怒る。

 ちょっと反省していますよ。当時、もうちょっと自分が大人だったら学生さんたちに違う態度が取れたんじゃないかな、とか。

椎名 あの頃は俺への仕事の電話も受けてくれていたしね。

 銀行に行ったりと留守にすることもあったのですが、その間にも電話がかかってくるわけです。帰ってきたら学生がメモを残してくれているのですが「電話がいっぱいありました」と。

椎名 ははは。

 でも、アルバイトといっても実際は無給のボランティア配本部隊でしたしね。

椎名 だから目黒がいつも宴会を開いていたんだけれど、あいつらむやみやたらと飲んでいたなあ。

 でも後半は椎名さんも目黒さんもお忙しくて編集部に滅多にいらっしゃらなくなって。

椎名 そうだったかもねえ。

 だから学生たちと約束していた宴会も行われないこともあって。これ、初めて言いますけれど、週一回くらい年長者の子に「これでみんなで飲んできて」とお金を渡していました。やっぱりむやみやたらと飲んでいたようです。

椎名 ははは、やっぱり陰の功労者だったんだねえ。改めてありがとうございました。

 いえいえ。私もあの時、伊勢丹の角で椎名さんにお目にかかった時に、お声をかけてもらえなかったら今の私はないわけですから、ありがとうございました。

<了>

前編はこちら

集英社WEB-MAGAZINE学芸の森
「失踪願望。」外伝「シーナを探して」で、群ようこさんの特別エッセイ公開中!
「新宿伊勢丹の角で出会って、四十数年」

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

椎名誠さんの新刊『続々 失踪願望。 病み上がり乾杯編』、大好評発売中!

群ようこさんの新刊『ちゃぶ台ぐるぐる』、大好評発売中!

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

新刊紹介

椎名誠

しいな・まこと●1944年東京都生まれ、千葉県育ち。1979年『さらば国分寺書店のオババ』刊行。89年『犬の系譜』で第10回吉川英治文学新人賞、90年『アド・バード』で第11回日本SF大賞を受賞。『岳物語』『大きな約束』『家族のあしあと』等の私小説、『武装島田倉庫』『水域』等のSF小説、『わしらは怪しい探険隊』を原点とする釣りキャンプ焚き火エッセイ、『出てこい海のオバケたち』等の写真エッセイまで著書多数。ジャンル無用の執筆生活を続けている。近刊は『哀愁の町に何が降るというのだ。』『真夜中に吠えたくなって』『中学生あらくれ日記』。

群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『捨てたい人捨てたくない人』、エッセイに『還暦着物日記』『スマホになじんでおりません』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』『ちゃぶ台ぐるぐる』『かえる生活』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』』など著書多数。

週間ランキング 今読まれているホットな記事