よみタイ

出川哲朗さん風マスクなら「やばいよマスク」。パーティーグッズ会社では一体どんな会議をしているのか

『去年ルノアールで』『たとえる技術』などで知られる奇才・せきしろさんの最新刊『その落とし物は誰かの形見かもしれない』が4月5日に発売されました。
「よみタイ」で好評を博した連載「東京落物百景」(2018年10月〜2020年10月)を再編集した1冊。
東京の街の片隅で本当に見つけたさまざまな落とし物と落とした人ついて、あれやこれやと思いを巡らせる、おかしくも切ない妄想エッセイ集です。

この刊行を記念し、連載や書籍の中から著者のせきしろさんが「特に思い入れが深い」と選び抜いた3篇を特別掲載。
選んだ理由についても語っていただきました。
全3回のスペシャル企画。第1回目の落とし物は「お正月飾り」でした。
第2回目となる今回の落とし物はこちら!

(聞き手・構成/よみタイ編集部)

「金太郎の腹掛け」の落とし物を見つけたが、どんな話だったっけ?(写真/ダーシマ)
「金太郎の腹掛け」の落とし物を見つけたが、どんな話だったっけ?(写真/ダーシマ)

『金太郎』 の結末も僕たちはまだ知らない

 落ちていたのは赤いものであった。近づくとそれは金太郎の腹掛けだった。

 この腹掛けを見かけるのは端午の節句あたりが多い。今はその時期ではないのになぜと考え、おそらくauの三太郎CMの影響で購入する人が増えたのだろうという結論に落ち着いた。相変わらずパーティーグッズは何よりも流行に敏感で世相を反映している。トレンドが知りたければパーティーグッズ売り場に行けばいい。時の人の衣装やラバーマスクが必ずあるからだ。

 きっとこの腹掛けは余興か何かのために購入したのだろう。プライベート用ではないはずだ。見るからに新品未開封であるから使用する前に落としたと考えられる。ということは金太郎に扮する予定だった落とし主はこの腹掛けなしで大丈夫だったのだろうか? 腹掛けがないとおかっぱで全裸でさらに手にはまさかりという最高にやばそうなルックスになるわけだが、無事切り抜けられたのだろうか?

 ところで金太郎のことは誰もが知っているものの金太郎の話を正確に覚えている人は少ないと思われる。そういう私も幼い頃に読んだはずなのに覚えていない。

 熊と相撲を取ったシーンだけは覚えている。逆にそれしか知らない。つまり私の中では金太郎は相撲がメインの話で、金太郎が熊と相撲をとって見事勝利し、「俺はまだまだ強いやつと戦いたい!」とか「俺の相撲人生はまだ始まったばかりだ」みたいなセリフで終わった打ち切り漫画のようなものなのだ。あるいは金太郎の「相撲編」で読むのを止めてしまったようでもある。『ドカベン』の柔道のところしか読んでいない、または『タッチ』の和也が死んだところまでしか読んでいないのと同じだ。

 それでもなんとか相撲の続きを思い出してみようとした。

 私は自力で思い出すことを早々に諦め、スマホで金太郎のラストを調べた。
『立派なお侍さんになった』
そんな感じのラストだとわかった。残念ながら「ああ、そうそう、このラストだよ!」とはならなかった。これなら印象に残っていなくてもおかしくない。

 ただこのラストは汎用性が高い。たとえば三太郎のひとりである桃太郎のラストは「鬼を退治して、財宝を持って帰ってきた」であるが、これに金太郎のラストを付けると、
 鬼を退治して、財宝を持って帰ってきた。そして立派なお侍さんになった。
 となり、金も名誉も何もかも手に入れた感が強くなる。最強のエンドだ。

 三太郎のもうひとり浦島太郎のラストは「玉手箱を開けた浦島太郎はおじいさんになった」であるがこれにも金太郎のラストを付けると、
 玉手箱を開けた浦島太郎はおじいさんになった。そして立派なお侍さんになった。
 となる。バッドエンドのようだった浦島太郎の話に突如未来と希望が加わる。玉手箱を開けて良かったと思えるではないか!

 こうやって道に落ちているものを見てあれこれ考える私も、のちのち立派なお侍さんになれますように。

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新刊紹介

せきしろ

せきしろ●1970年北海道生まれ。主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、映画化された『海辺の週刊大衆』、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(共に双葉社)など。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)も。
ツイッターhttps://twitter.com/sekishiro

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