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ミュージアムを巡ることで見えてくる「自分と地域のつながり」──ミュージアムグッズ愛好家・大澤夏美さんが読む「推し博物館ひとり旅」

漫画家・明さんの最新コミックエッセイ『推し博物館 ひとり旅』が4月25日に発売になりました。
今回は、ミュージアムグッズ愛好家として活動しながら、北海道大学大学院の博士後期課程で博物館学を研究している大澤夏美さんによる書評をお届けします。

博物館は単なる展示の場ではなく、時間や文化を体感する空間である

本書のまえがきを読んで、作者の明さんが沖縄のご出身であることを知った。沖縄出身の彼女が旅に抱く思いに、北海道出身の私も共感し「なるほど」と腑に落ちた。私は生まれも育ちも北海道で、「内地」への距離感は遠いものがある。だから、明さんが『沖縄に住んでいたころは、旅に出るには飛行機か船で島を出なければならなくて、どうしても腰が重かった』と語る気持ちがよくわかる。私は生まれも育ちも北海道で、いわゆる「内地」への距離感は遠いものがある。私にとっても「内地」は遠い存在だ。だからこそ明さんが旅を日常とする中で、博物館を巡る高揚感に魅了される気持ちも私には納得できる。

本編は漫画形式で各博物館の展示や体験が解説されており、わかりやすいだけでなく実際に足を運んだような臨場感が楽しめる。なかでも明さんの「博物館での感動や楽しみが、いつのまにか学びにつながっている」と気づく姿が心に残っている。私は博物館での学びはこの「結果的に学びにつながる」ことが醍醐味だと考えている。学校の勉強とは異なり、博物館には明確な学習到達目標がない。大人も子供も多様な人々が集う場だからこそ、展示を見たり体験したりするうちに、自然と学びが深まる。作者のそんな姿は理想的だ。

たとえば第6章では、横浜みなと博物館・横浜開港資料館・横浜人形の家を訪れ、横浜という町の歴史の解像度が上がる様子が描かれている。ペリー来航時の絵に描かれているタブノキは現存しており、横浜市指定有形文化財である横浜開港資料館の中庭にある(実際には大火で燃えた後、残った根から生えた木とのことである)。目の前の景色と博物館の資料がリンクした瞬間に、彼女は「過去と今がつながった」と感じる。このエピソードは、博物館が単なる展示の場ではなく、時間や文化を体感する空間であることを教えてくれるものだ。

楽しく散歩しながら3つの博物館を巡る中で、横浜という町の歴史の解像度が上がっていく。
楽しく散歩しながら3つの博物館を巡る中で、横浜という町の歴史の解像度が上がっていく。

また、作者が「ミュージアムから何を受け取ったか」が全体を通して色濃く描かれており、日本各地の博物館でその地域の特色や歴史や文化に触れ、新鮮な感動と学びを得る姿はとても印象的だ。そしてその学びが「第19章 沖縄県立博物館・美術館(おきみゅー)」に収束していくのが見どころである。「私の育った土地とは全く違う」という思いが、「私が育った場所はどんなところだろう」という問いに発展していく。さらに「博物館の資料は、学ぶことで自分に関係するものになる」と気づいたとき、「私が生まれ育った地域にはどんな時間が流れていたのだろう」「私の存在は、この大きな流れの中のどこにいるのだろう」と考えるきっかけになるのだ。本書は2019年の首里城火災にも触れ、復興に向け再建中の様子も描いている。博物館の資料保存の観点からも重要な章であるが、この郷土への思いと博物館を結び付けた場面は作者でなければ描けなかったであろう。災害や戦争など、自然環境や時代に翻弄された郷土であっても、失われたものばかりではない。作者がここに存在し、博物館を巡り、こうして一冊の本を描き上げたことが、その確かな証明だ。

ちなみに、私も博物館巡りには公共交通機関を使う。本書で紹介される公共交通機関を使った旅のコツは、実際に役立つ内容ばかりだ。私もあるとき、山奥のミュージアムに向かうのに路線バスを使ったら、停留所を100個以上越えなければならないことがあった。途中で乗務員の休憩があり、その時間で地元の和菓子屋で酒饅頭を買い乗務員と交流した。公共交通機関を使ったひとり旅だからこそ、このようなささやかな出会いが醍醐味なのだ。本書を読んだ皆さんにも本書を手に、公共交通機関で博物館をめぐるひとり旅に出かけてみてほしい。

明『推し博物館 ひとり』刊行特集一覧

【試し読み その1(4月23日配信)】 愛知県犬山市の「野外民族博物館リトルワールド」

【試し読み その2(4月24日配信)】 福井県勝山市の「福井県立恐竜博物館」

【試し読み その3(4月28日配信)】 神奈川県横浜市の「横浜みなと博物館」「横浜開港資料館」「横浜人形の家」

【書評 その1(5月1日配信)】 ミュージアムグッズ愛好家・大澤夏美さんが読む「推し博物館ひとり旅」」

「推し博物館 ひとり旅」は絶賛発売中!

大人のひとり旅の目的に「博物館」はいかが?
「漫画家しながらツアーナースしています。」シリーズの著者・明さんが、全国24の大好きな博物館=「推し博物館」を旅するコミックエッセイ。
博物館の見どころはもちろん、女性のひとり旅にうれしい「旅費」「持ち物」「食事」「夜行バスや寝台特急など移動手段」などの情報コラムも充実!

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新刊紹介

大澤夏美

おおさわ・なつみ
1987年生まれ。札幌市立大学でメディアデザインを学ぶ。北海道大学大学院文学研究科(当時)に進学し、博物館経営論の観点からミュージアムグッズを研究し修士課程を修了。会社員を経てミュージアムグッズ愛好家としての活動を始める。
2023年4月より、北海道大学大学院文学院人文学専攻文化多様性論講座博物館学研究室で博士後期課程に進学。主な著書に『ミュージアムグッズのチカラ』シリーズ(国書刊行会)、『ときめきのミュージアムグッズ』(玄光社)がある。
公式HP http://momonoke.wpblog.jp/
公式X @momonokeMuseum

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