2025.3.29
小説家デビューは「受験勉強」で攻略できるのか?【小川哲×佐川恭一 学歴対談・後編】
刊行記念として行われた著者佐川恭一さんと直木賞作家小川哲さんの対談の後編をお届けします。
後編では、「小説家デビュー」と「受験」の関係が語られます。
(構成:長瀬海、写真:キムラミハル)
☆対談の前編はこちら👇
「学歴」というフィルターで世界を認識する狂人たち【小川哲×佐川恭一 学歴対談・前編】
東大合格の切符を掴んだ「合理的な勉強法」
佐川 小川さんの学歴への目覚めはいつくらいだったんですか?
小川 僕は高校受験で渋幕に入ったんですが、中学時代は佐川さんみたいに「神童」と呼ばれるほど成績がよかったわけじゃありません。そもそも勉強自体ほとんどしてませんでした。
佐川 いますね、勉強しなくてもできるタイプの人間。
小川 でも僕を上回る人間が近くに一人いたんです。『学歴狂の詩』に出てくる濱慎平みたいな〈天才〉が。仮にOとしますが、彼は文字どおり一切勉強していないのに学年で常に上位にいました。僕はギリギリの成績で奇跡的に渋幕に合格できたんですが、Oは適当にやっていた上で渋幕に簡単に受かってて。僕が人生でこいつには勉強で絶対に勝てないと思ったのはOが最初で最後ですね。

佐川 確かに濱慎平みたいですね。圧倒的な天才。勉強が手の運動みたいに感じるんでしょう。
小川 でしょうね。ただ、Oの本命は開成だったんですが受験でミスして落ちました。結果的に僕と一緒に渋幕に通うんですが、勉強しないから高校時代の成績は僕より悪かった。でも僕にはわかっていたんですよ。こいつが大学受験モードになったらあっさりと抜かされることが。
佐川 ぎりぎりになって始めても間に合うんですよね、そういう人は。
小川 いや、Oは東大落ちたんです。
佐川 えっ、アカンかったんですか?
小川 はい。僕は高三の夏に受験モードに入ってから、めちゃくちゃ勉強しました。いろんな欲望に目をつむり、合格するまでの記憶がなくなるほど毎日同じことを繰り返しました。特に英語が苦手だったので、半年間、英語を徹底的に勉強しました。勉強のかたわらでいろいろとデータを集めたんですが、英語が苦手で受験に成功する人ってほぼいないんですよね。特に東大受験で英語ができないとほぼ挽回できない。それに気づいたから僕はほぼ英語だけを勉強し続けて無事に合格しました。
佐川 傾向と対策が完璧にできてたんですね。
小川 僕の場合はね。でも、Oは英語が嫌いだからやらなかったんでしょうね。その年の東大の英作文で、女性が割れた花瓶の前で怒っているイラストが出題されたんです。この状況を説明せよって。受験の帰りにOと試験を振り返ってたら、花瓶を英語でなんて言えばいいかわからなかったから「CABIN」と書いたとか言うんですよ。
佐川 ありえへん(笑)。それは落ちそうですね。
小川 結局Oは早稲田に入って、いまは立派な研究者になっています。
佐川 なるほど。頭はいいけどやりたいことしかやらないタイプだったんですね。小川さんみたいに合理的に対策して苦手を克服できる人のほうが受験には適してますよね。

学歴狂・佐川は文学とどう出会ったのか
小川 確かに勉強の仕方って大学の合否と密接に結びつきますよね。というか、他人の勉強への取り組み方を見るだけでその人がどこに受かるかわかりませんか?
佐川 めっちゃわかります。僕は塾講師をしてたときにそれに気づきました。問題を解いてるところをパッと見で、この子は関関同立、この子は産近甲龍がせいぜいやな……みたいに判定できてしまう。
小川 勉強の仕方を見るとその人がどういうふうに世界やものごとをとらえているかがわかるんですよね。高校や中学の段階で勉強量だけで学年上位にしがみつこうとしている人を見ると僕は心配になります。
佐川 あっははは!(笑)。小川さんは半年間の合理的な対策によって東大に受かったわけですもんね。僕は小川さんほどには計画的に勉強できず、量でカバーしていた人間だから一浪したんやと思います。でもそれは小説家を志してからも変わりませんね。この文学賞を取って、こういう小説を書いていくぞみたいな明確なビジョンがないから、ただただがむしゃらに書いているだけ。ひたすら量を書き、純文学五賞ぜんぶに応募し、なんなら地方文学賞にも出しまくるみたいなことをずっとしていました。やり方も効率の悪さも受験生のときと変わってない。
小川 中学や高校の受験勉強はがむしゃらにやるだけでいいんですよ。そもそもの量に限りがあるから無我夢中で勉強していれば合格できる。だけど、大学受験ではそうはいかない。ある意味で量は無限だから自分でプランニングできない人はうまくいかないんです。そうやって受験勉強で培ったものはその後の生き方に大きな影響を与えるんじゃないかな。
佐川 間違いないですね。だから僕なんて手段と目的を履き違えたまま小説家になっちゃったし、戦略性より根性で小説を書き続けているわけですから。
小川 そもそも佐川さんはどうやって文学と出会ったんですか?
佐川 僕の場合は最初に付き合った女の子が小説を読んでいたからという不純な動機から始まりましたね。それまでは小説を読むなんて無駄なことやと思ってました。試験で出される小説の問題を解くために読む程度のことしかしてませんでした。でも大学でできた彼女が、本を読んでいないやつをバカにするタイプの子やったんです。坂口安吾や三島由紀夫を知らないなんてありえないとか言われて。だからBOOKOFFの100円コーナーで本をひたすら買い漁りました。
小川 やっぱり読書も最初は無計画でがむしゃらだったんですね。
佐川 ええ、105円のシールが貼られてる本を意地で読んでるだけでしたね、はじめは。でもそのうちに大江健三郎とかを読むようになって、その頃にはすっかり読書が好きになってました。
小川 書き始めたのは何がきっかけだったんですか?
佐川 小説を書くきっかけは就活から逃げるためでした。完全な現実逃避。でも思い返せば、その前からブログを書いててそれが友達にめっちゃウケてたんですよ。たまに自分のことを知らない人にも届いて、当時の2ちゃんねるにスレが立ったこともありました(笑)。だから文章を書くのは得意なのかなっていう自覚はあって。でも明確に作家になることを意識するようになったのは、やっぱり就活のときに逃げの姿勢で書いてたときですね。自費出版の会社の文学賞とか新聞社の文学賞とかに出したんですけど落ちちゃったので、諦めて就職することにしました。
小川 就職するよりも作家になりたいという気持ちが強かったわけですね。
佐川 そうですね。会社勤めは絶対無理やなと思ってたんで。まあ、結局就職することになるんですけどね。『学歴狂の詩』に書いたように一年で辞めちゃいましたけど。