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【猫沢エミさん×野村真季さん『猫沢家の一族』刊行記念特別対談 】どんなにいびつな家族でも、笑って、許して、生きていく

「愛情一択」

野村 以前お酒を飲みながら話していたときに、私が「この世の中でどうやって子どもを育てていこうか。子育ては難しい」というようなことを言ったら、エミさんが「真季さん、愛情一択ですよ」ってスパっとおっしゃったんですよね。子どもを育てていくベースは、何を与えたかではなくて、「愛情一択」という、この言葉の強さに私はびっくりしたというか、目を開かされたという思いがありました。

猫沢 うちも、親が子どもに対して愛してるよなんて直接的には全く表現しませんでしたし、愛の種類もオリジナルすぎてわかんねえよ、みたいなのばっかりだったわけですよ。でも心で誰かを本当に愛していたら、動物みたいに伝わるんですよね。
愛が大きいとか、小さいとかじゃなくて、愛が一個あるか、ゼロなのか。その愛を感じられたかどうかで、人生って相当変わってしまうと思うんです。

野村 エミさんの場合、お母さまが実のお母さまではなくて、育てのお母さまでいらっしゃるという関係性で、そこまでの愛着を築けたことがすごいですよね。

猫沢 没落する前は名家と言われていたところで、後妻として入った母が血のつながらない子どもを育てるっていうのは、相当、葛藤があったと思います。でも一度もそんな話を私にしたことはありませんでした。私に話すのは、「とにかくおまえがかわいくて、私は男の子2人産んだけど、女の子は産めなかったから、これは天の授かりものだと思った」と。そして口下手で私には一度も愛してるなんて言ったことがない父も、「あんたがすごいちっちゃい頃は、お母さんとお父さんは、あんたの取り合いだったんだから」みたいな話を一回してくれたことがあって。たった一言、それを言ってくれたから、多分、私はその後いろんなことがあっても大丈夫だったのだと思うんですね。一回だけなんだけれど、愛の確認ができているというか。
「街金行ってこい」とか言われてだいぶ帳消しで、もらった愛の貯金がもうそろそろ尽きそうという状況でも、たった一回、たった一言だけも、愛を確認できる言葉を言われたというのはすごく大きいことで。

野村 小さい頃から家族に悩まされながらも最期はしっかりとご両親を見送られました。「あとがき」を読んでいて、エミさんが猫沢家の中での戦いを終えて今は平穏な境地を得たということが伝わってきました。

猫沢 パリに行くタイミングと両親が亡くなるタイミングっていうのは、もちろんどうなるかわからなかったのですが、結果的にきょうだい3人で両親を見送れたことは本当に良かったと思います。
母が亡くなった後、私はフランスに行き、長く遠距離恋愛をしていた彼と、今一緒に暮らしてるんですけど、大変、幸せです。いい人なんですよ。とてもいい人です。フランス男らしく、うじっとしたところもあるんですけれど(笑)。でも視野も広いし、すごく穏やかな生活で。これまでは、穏やかな生活をしたいって望んでも望んでも、向こうからネタみたいなことが次々とやってきて、「私にはきっと一生穏やかな時間なんか来ないんだわ」「普通の幸せなんか手に入れられないんだわ」ってどこかで思ってたのが、あっそう、みたいな。こういうこともあるっていう。

野村 ふと、その瞬間がやってきたんですね。

猫沢 そうですね。ある日、突然なんですよ。深い悩みの渦中にいるときは、永遠にそのトンネルが続くような気がするんですよね。でも私たちに寿命があるように、いいことも悪いことも1秒ごとに変わっていきます。今暗いところにいても、諦めずに進んでいたら、数年、もしかしたら数カ月後とかに突然、状況は変わるかもしれない。だからくさくさする必要もないし、絶望することもないし。逆にいえば、最高潮でイケてるぜみたいなときも、有頂天になるっていうのは、あんまり賢いことじゃないんですよね。それもずっとは続かないということなので。
私、こういう人生だったので、彼と幸せになったときに、「幸せが怖い。幸せに慣れてないから怖い」みたいなこと言っていたんです。そうしたら彼が、アハハハって笑って、「ばかだな。幸せなときは100%どっぷり幸せでいいんだよ。なぜかというと、必ずそうじゃないときが来るから。それはみんな知ってる。でも、いつ来るかわからない、そんな不幸におびえて過ごすなんて、まさに人生の無駄じゃないか」って。これって、まさに今を生きるフランス人の考え方だなと思って。
それで、ああ、そうかと、のほほんと幸せに暮らしていたら、盗難に遭って、ハイ来たこれ!みたいな感じだったんですけど。でもそれも永遠には続かない。ケガもしていないし。しんどい中で、新しい発想も生まれました。今回盗まれたのは物じゃなくて時間だったなって、しみじみ思っているんです。私たちがお金を介して手に入れているものは結局、時間にしか換算できないって感じたときに、これからの人生、お金っていうものを時間に変換して見ていくっていうのも面白いな、と気づいて。
こんなふうに悪いときでも必ず発見はあります。いいことも必ずある。だけど逆にそのピンチに立たされたときに、それを最終的にはチャンスだったと変えられるかどうかは、考え方一つですよね。ネガティブな状況と感情に包まれて動けなくなると、次の展開はよくならなくなってしまう。だから、本当につらいことが起きたときには、感情をとにかく切り離すっていうのをお勧めしたいです。なかなか難しいでしょ。私のやり方は、改行なしで文章を爆発させるっていうことなんですけど。人によってはカラオケに行って100曲歌うのもよし、普段飲めないお酒を飲んでみるのもよし、いろんな方法があると思います。こうじゃなきゃいけないっていうこともないし。でも、いろんなことを経て、「生きてたら大丈夫」ってすごく思うんですよね。
あと、感情というのは、心が映し出す一つの幻なので、それに惑わされないでほしい。自分の感情というものを、ちょっとコントロールして飼いならしてみるというか。感情をこんなに豊かに表現できるのは人間だけですから。どうせだったら愛する人にそれを表現したほうがいいし、楽しいこと、感動すること、ポジティブなことを分かち合う。そっちにエネルギーを使うほうがいいかなと思いますね。

野村 エミさんのお話をうかがっていると、自分の人生をグリップしていく一つのモデルケースのような気がして、学びがとても多いと思います。

(了)

久しぶりの再会とは思えない、息のぴったり合ったお二人による対談でした。
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1,650円(10%税込)
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新刊紹介

猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』『イオビエ』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

野村真季

のむら・まさき
テレビ朝日アナウンサー。神奈川県出身。東京女子大学現代文化学部卒業。1998年テレビ朝日に入社。「ANNニュース」や「有吉クイズ」などを担当。猫沢エミ氏の著書の愛読者で、プライベートでも親交がある。

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