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ギャラ飲みで生計を立てるアラサー港区女子の虚しすぎる生活【5分後に、虚しい人生。試し読み】

詐欺で逮捕された彼が買ってくれた犬

イメージ画像:photoAC
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ココアは六本木のペットショップで165万円で売られていて、初めて触れたとき私の指を貪るように舐めた。この世界で生きてゆくために必死で存在を示しているように感じた。その姿は港区で生きる私の姿と重なった。ココアから離れたがらない私を見た拓海は現金一括払いで買ってくれた。

拓海が詐欺で捕まってからも私はココアと一緒にここで彼の帰りを待っていた。しかし出所した彼からの連絡はなく行方もわからず途方に暮れた。その頃の私は本当に26歳だった。港区を卒業しようと知り合いの社長のコネで正社員になっても手元に残る給料は23万円。三田の家賃は18万円。結局港区に戻った。

立教を卒業して外食チェーン店のマーケティング部に就職したときもそうだった。そこにあったのは380万の少ない年収と長い勤務時間、阿佐ヶ谷の家賃7万円のボロアパート。それらに耐えられなくて退職してラウンジで生活費を稼ぎ、そこで出会ったお姉さんからの誘いでギャラ飲みが主戦場になった。

おしゃれなお店でランチがしたい。トレンドのファッションが着たい。ハイブラの靴が履きたい。毎月ネイルとまつパと美容院とオリスパに行きたい。海外旅行も貯金もしたい。ギャラ飲みはそれらの夢を叶えてくれた。そのために稼いでる奴らから対価をもぎ取ることに何の後ろめたさもなかった。

スマホが震え通知をチェックすると、先ほどのギャラ飲みで仕方なくLINEを交換した男(43歳セリーヌバケハにバレンシアガのパーカー)だった。「飲みすぎたね笑。今度ご飯行かない? ご馳走するよ」。何でタダ働きしなきゃいけないんだよと思ったが指が勝手に「都合合うときに連絡しますね♡」と返信した。

誰かと一緒にいる時間を時給換算するようになってから彼氏はいなかった。少しいいなと思う人が現れて水族館デートをしても「この時間で3万円稼げたのに」と思う自分が顔を出すのだ。結婚しろとうるさい名古屋在住の母の電話に出るのはやめた。学生時代は化粧をするなとか男と遊ぶなとかいちいちうるさかったくせに、「東京に行って何年も経つのに結婚したいと思う相手の一人も見つけられないのか」と言われるのは理不尽極まりない。

寝室のベッドへダイブするとベッドの脇からココアの鳴き声がした。ココアを抱き上げるとそのまま羽毛布団におしっこがじょばばば、と勢いよく放たれた。くっさ。躾をまともにしていなかった自分を呪い、ココアと羽毛布団をベッドから下ろし、いつ洗ったかわからないYogiboのクッションを抱きしめて眠ることにした。

明日はギャラ飲みを3件梯子する。早く休みたい。ココアがもの悲しげにくうーんと鳴いたが無視をした。いつから散歩に連れて行っていないだろう。そういえば帰宅してからご飯も与えていない。でも早く休みたい。明日起きたらご飯をあげて、ツーショットでも撮ってインスタに載せよう。再びココアがくうーんと鳴いた。寂しそうだった。それが将来の私の姿と重なり背を向けて耳を塞いだ。私にあるのは数年後から減り続けるであろう預金残高だけだった。

(了)

虚しさがクセになる文庫アンソロジー

『この部屋から東京タワーは永遠に見ない』の麻布競馬場、『狭小邸宅』『地面師たち』の新庄耕など、総勢10名義による絶望文学アンソロジー全23編。

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新刊紹介

かとうゆうか

1993年生まれ。マーダーミステリー作家。シナリオを担当したマーダーミステリーに「償いのベストセラー」「無秩序あるいは冒涜的な嵐」「ザ キャリーオン ショウ」などがある。共著に「本当に欲しかったものは、もう Twitter文学アンソロジー」。

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