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【加藤直人×榛見あきる 創作会議】起業家と小説家が本気でメタバースSFを考えてみた

分散型プラットフォーム、その解決策

榛見 ストーリーについて続けていくと、ペットが完全にアルゴリズムになっていれば、ペットが勝手に増殖しすぎてリソース食いすぎてそれを止める話もありかなと。安易に言うとバグとかで書き換わって、増殖に歯止めが利かなくなる。

加藤 ウィルスと一緒ですよね。意識を持って、種を繁栄させるために複製させる。あ、これ禁止された世界ですね。禁止された意識ありペットを隠れて飼って、気がついたらめちゃくちゃ増殖していた。リソースはすごい食われますね。プラットフォームが最近不安定になってきたと思ったら、その原因はペットが増殖したことだった。これありそう(笑)。

榛見 増殖するコンピュータ・ウィルスっていうのは、ある意味古典的なSFでもあるのですが、実際に起こることなんですかね……?

加藤 分散型だとそういうのって起こりますね。今だと、分散型のプラットフォームで─厳密には仮想通貨の一つなんですけど、アプリケーションも作れる分散型のプラットフォームでもある─イーサリアムっていうのがある。これがスケーリング問題に直面していて、トランザクション(取引の一単位)が詰まって解消されない。それをなんとかするために、コピペして迂回路を作ってみたいなのが流行ってるんですね。そこで年末年始くらいにあった事件が、コピペした中の一つでゲームが大流行してそのゲームの取引が激増したがゆえにいきなりトランザクションが詰まっちゃった。そういう計算リソースやそれに応じた電力消費の問題は、分散型だろうがなんだろうがついて回りますからね。

榛見 なるほど。ウィルスという概念が主体ではなくて、ユーザーの想定外の行動で生まれる不具合のような感じになるんですね。だとすると、あくまでユーザー側の想定外の行動としてメタバース内でペットが異常繁殖してリソースが大量に消費される、となったとき解決する方法とか技術ってあるものなんでしょうか?

加藤 難しいですね。自律的に動き始めている分散型のメタバースの中だと、解消するのに時間がかかると思っています。中央集権型というか、運営母体があるプラットフォームだとしたら、その運営母体がなんとかするだけですけどね。ただ、分散型であれば意思決定も遅いし、実装も遅いしっていう感じになっちゃってるんですよ。そういう世界の場合、周りの人たちがパッチをあてたりするかもしれない。

榛見 抜本的というか劇的な改善は、権利が分散されていればいるほど難しくなる。なので、できる人が手弁当でやっていく。身の回りにも類例がいろいろありそうだ……。

加藤 他には、そのペットがアルゴリズム的に好きだと言われている食べ物みたいなものを特定のエリアに用意して、寄ってきたところを隔離する。実はそのエリア内のオブジェクトの生成の限界値は100万個までと設定されていて、100万個のペットを収容したことによって増殖を食い止められるんだ、みたいな。かつ、この増殖しちゃったペットを解消するために数年がかりのプロジェクトが並列して走ってます、みたいな世界は全然あると思います。

榛見 高速道路の補修みたいな感じですね。一車線を塞いで補修して、もう片方の車線で交通整理する。

加藤 それに近いフォークという概念がプログラミングにはあるんですよ。食器のあのフォークが語源なんですけど。一つのプロジェクト自体をそのままコピーして、バージョンの違うプロジェクトを同時並列に走らせる。
 さらにその中で、“ソフトフォーク”と“ハードフォーク”みたいな言い方をすることがあって、ソフトフォークは互換性のある形でソフトウェアを分離するもの。もう一つのハードフォークと呼ばれるものは分岐からもう別のものを作っちゃう。片方に強制的に何かを入れて、他方を使ってる人たちを非推奨にするっていうのをやる。
 ペットが増えすぎて、もはやプラットフォームごと全部落とすしかないみたいな感じになった場合とか。
 シナリオとしてあり得るのは、もうペットの増殖の一歩手前に戻って、ハードフォークしてこっちに皆さん移ってくださいと。
 でもその代わりこのハードフォークは、一度プラットフォーム内で起こったことが、フォークされる時点まで全部巻き戻されちゃう。
 ストーリーにするとしたら、非合法のペットが増殖してめちゃくちゃサービスが重くなっちゃった後に、委員会的なところがハードフォークせざるを得ませんと決定する。そうすると、増殖していた数日間で起こったこと全てが巻き戻されて消えてしまうみたいな。

榛見 この消えた数日間で何か事件が起こるわけですね。失われた時間は主人公にとって大事なものであるはず。

加藤 でもそれは確率的に起こることだったので、ハードフォークした世界では起こらない、みたいな。

榛見 ちなみに、めちゃくちゃ重くなった世界は、分岐後も一応存続し得るんでしょうか?

加藤 完全に分散型のサービスの場合は誰か1人でもコミットし続ければ存在し続けます。中央集権型とのサービスの違いはそこですね。中央集権型サービスは運営母体次第で終わるんですけど、分散型は終わらない。分散化されたメタバースでも誰かがコミットし続ける限りは。
 1人とか2人だったら実質的には意味ないですけど、でも例えば10人くらいで続けるなら、彼らにとって意味のあるシステムとして存在し続けます。これは分散型サービスの肝です。

榛見 めちゃくちゃ重くなったまま存続していく世界というと、ディストピアじみているような……。

加藤 ディストピアになりますね! 全然ありうる話ですよ。たった10人のためにアップデートする人もメンテナンスする人もいないし、ずっとレガシーとして残り続けますから。

榛見 やっぱり(笑)。もうこの時点で話として面白いですね。

加藤 そうですね(笑)。

〈メタバースのペット②〉
・メタバース内で問題が起きたとき、一般にソフトフォーク、ハードフォークと呼ばれる方法で対処されることが考えられる
・ハードフォークの場合、メタバース内での数日間の生活がなかったことになるかもしれない

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新刊紹介

榛見あきる

はるみ・あきる
1992年生まれ。ゲンロンS F講座第四期受講生、第五期聴講生。第四回「ゲンロンS F新人賞」受賞。著作に『虹霓のかたがわ』がある。

Twitter@akiru_harumi

加藤直人

かとう・なおと
1988年大阪府生まれ。京都大学理学部にて宇宙論と量子物性論を研究。京都大学大学院理学研究科修士課程中退後、スマホゲームを開発しながら約3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年にスタートアップ「クラスター」を起業。2017年、数千人規模のイベントを開催することのできるVRプラットフォーム「cluster」を公開。『ForbesJAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。

Twitter@c_c_kato

(写真:長谷川健太郎)

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