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日本の歌詞は恋愛至上主義?フィクション化する恋愛と都市文化【児玉雨子×三宅香帆 古典対談】

作詞家・小説家の児玉雨子さんの新刊『江戸POP道中文字栗毛』がいよいよ9月26日に発売されます!
児玉さんが近世文芸に心惹かれていた理由がエッセイとして軽快に書かれ、大胆に解釈が加わったリメイク小説には現代に通ずるものがあります。
同じく『妄想とツッコミでよむ万葉集』『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文』などで、和歌や平安朝の物語を中心に古典の魅力を世に伝える著書を発表してきた三宅香帆さん
おふたりが語らう中で「推す」時代が違うからこそ見えてきたものとは──。

構成:三宅香帆
撮影:露木聡子

90年代生まれインターネット育ちが読む古典文学

三宅 児玉さんの書かれるものを読むたびに、同世代っぽさを勝手に感じていたんです。今回プロフィールをちゃんと見たら、本当に同い年で驚きました。私が九四年の早生まれで、九三年生まれの児玉さんと同学年。

児玉 そうなんですね! 今知りました、びっくり。

三宅 『江戸POP道中文字栗毛』を拝読していて、同い年の方でこんなふうに古典文学をポップに紹介してくださっている方がいることに感動しました。私は大学院で万葉集の研究をして、好きな古典も平安文学が中心なのですが、児玉さんは近世文芸が好き。同じ古典好きではありますが、全然好きな時代も作品も被っていないんです。近世文芸は何がきっかけで好きになったんですか?

児玉 実は、ずっと古典が苦手だったんです。古文の授業で和歌や物語を読んでも、景色や恋愛のことしか書かれてなくて、狭すぎない? だるいなーと高校時代まで思っていました。でも大学の必修科目で松尾芭蕉に触れたとき、「こんなロックな、反骨心に溢れた文学があったのか!」と驚いたんです。そこから高校の授業で習うような雅の文学じゃなくて、江戸時代の俗の文学の存在を知り、面白いと思うようになりました。「演歌はよく分からないけど、ポップスやロックは好きだな」みたいな感じです。和歌は分からなくても、俳諧の連歌なら楽しいと。
 芭蕉の俳諧は、今のヒップホップに似てるんです。たとえば芭蕉の出世作『冬の日』は、「狂句木枯の身は竹斎に似たる哉」という発句から始まる。これはヒップホップで「俺は俳諧狂いの芭蕉 like竹斎 木枯らしに吹かれここに参上」と自己紹介するようなもんです。

三宅 たしかに、松尾芭蕉の俳句は、雅な和歌文化に対するアンチテーゼですもんね。

児玉 近世文芸の、アンチ権威主義みたいなところが好きです。三宅さんは昔から古典がお好きだったんですか?

三宅 私は中学時代、氷室冴子さんの『なんて素敵にジャパネスク』が大好きで、それがきっかけです。平安時代を舞台にしたコバルト文庫のシリーズなのですが、一九八〇年代半ばから九一年まで出た小説で、私が読んだ頃には続刊が出る気配はない。すると氷室先生のあとがきに「今回は『大鏡』を元ネタにしました」と書いてある。じゃあ『大鏡』を読めば、実質『なんて素敵にジャパネスク』を読めるのでは? と『大鏡』を読み始めたんです。結局『大鏡』は長いし難しかったけど、『伊勢物語』や『とりかへばや物語』や『落窪物語』は短くて少女漫画みたいで面白かったです。

児玉 少女小説好きが行き場をなくして、古典に(笑)。

三宅 ジャパネスクシリーズの続きが読みたすぎて、古典に手を出したようなものです……。『万葉集』は大学ではじめて触れたのですが、私はもともとインターネットが好きだったので、『万葉集』の膨大な言葉のなかから歌や言葉のルールができていく感じがインターネットぽいなあと面白かったんです。ネットで「笑」が「草」や「w」になるのと同じような表記の変遷が『万葉集』にもあるんですよ。たとえば「作」だけ表記して「つくらしし」と読ませている歌もあれば、「作良須」と表記して「つくらす」と読ませる歌もある。意味は同じでも表記が変わるのが面白かった。

児玉 私もインターネットの表記が変わる瞬間、好きです。先日なんとなく見ていた動画で、YouTuberの方が海外でマリファナの取引をしている人に出くわして驚く場面があったのですが、それまで「草」と入っていたコメントが「麻」に変化するのを発見したんです! 『万葉集』もネットも、話し言葉じゃなくて、書き言葉でどんどん展開していくからこういうことが起こるんですよね。面白すぎて震える。

三宅 まさにそれです! それでいうと、アイドルグループのブログで独自表記の文化が生まれ、継承されていく感じが大好き。

児玉 めっちゃ分かります。括弧の顔文字なんて、今やアイドルブログでしか残ってない文化(笑)。

三宅 でも児玉さんが紹介されていた江戸文化も、ちょっとインターネットと似たところがあるな、と感じました。幕府の厳しい検閲をかいくぐって生まれた文化の豊富さがすごい。

児玉 個人的にはもっとゾーニングすべきだと思いますが、今でもインターネットでどうしてもエロ・グロ絵を描きたい人がいるじゃないですか。いろんな規制や検索を避けながら描いている人々。あれは江戸時代、寛政の改革や享保の改革で毎回表現規制を食らうのに、いかにして書きたいものを書くか、頑張ってる人たちと似たものを感じます。

三宅 どうにかして描きたいという欲望が、時代を越えている……。『江戸POP道中文字栗毛』に出てくる、寛政の改革に逆らう洒落本(遊郭での立ち居振る舞いを綴った文学)の話、とても面白かったです。児玉さんがリメイク小説を書かれていた山東京伝の『青楼昼世界 錦之裏』は、ちょうど寛政の改革で洒落本が享楽的だとみなされ規制された時代の洒落本なんですよね。

児玉 はい。お上が「道徳的で、泣けるものを書け」と圧力をかけてくる時代に、それでもおそらく山東京伝は滑稽なものが書きたかった。だから営業が終わった後の遊女の現実がどれだけひどいか、まず書いてしまう。「すっぴんも二日酔いもひどいし、しょせん男たちは夢見てるだけ」「これが現実だ」と。でも最後は泣ける結末を書かないといけないから、「実はこの人気の花魁には想い人がいたのだ」としぶしぶ付け足し、無理に終わらせている様子が露骨。
 私が近世文芸を好きな理由もここなんです。「お家が大切という話を書け」「真の忠義を書いとけ」という表現規制に対して、「つまんねーなー」と鼻くそほじりながら書いていた作家がいたのかと思うと、すごく嬉しい。彼らは真っ向から反発するわけではなく、「最後にこうやっておけば通るんでしょ」と露骨に手抜きする。そのふてぶてしさに憧れます。私は上から押し付けられると、まともに反抗しちゃう性格なので、余計に。

三宅 どれだけ規制があっても、全体的には笑えるものを書きたいと。作家根性ですね。

児玉 遊廓で客がけちょんけちょんにけなされたり、ダサい男がダサいふるまいをしたり、ゲラゲラ笑えるものを描きたかったんでしょうね。

三宅 今でいうおじさん構文のようなものが露悪的に綴られていて、最高でした。児玉さんのおじさん構文でのLINE風リメイク現代語訳も天才の所業。

児玉 恐れ入ります(笑)。水商売で働く女性への、男性からの気持ち悪い手紙は今も昔も変わらないんだ、と初めて読んだ時に衝撃を受けたんですよ。座敷の外でも恋文のやりとりが発生していて、ここでも文字によるコミュニケーションが出てくるのだなぁと。また何がおしゃれで何がダサいのかにも敏感ですね。

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三宅香帆

みやけ・かほ●文筆家・批評家
作家・書評家。1994年高知県生れ。大学院時代の専門は万葉集。著書に『妄想とツッコミでよむ万葉集』『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文』『女の子の謎を解く』『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』など。

児玉雨子

こだま・あめこ
作詞家、小説家。1993年生まれ。神奈川県出身。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。2021年『誰にも奪われたくない/凸撃』で小説家デビュー。2023年『##NAME##』が第169回芥川賞候補作となる。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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