よみタイ

【特別対談】小説家も驚いた! 乳がん治療最前線 

「よみタイ」での連載を経て、現在大好評発売中の『介護のうしろから「がん」が来た!』。
著者の篠田節子さんがご自身の治療を行う医療機関として選んだのは、聖路加国際病院でした。
単行本巻末に収録した対談では、篠田さんの乳房再建手術を担当された「N先生」こと、形成外科医の名倉直美先生にご登場いただきました。
刊行記念特別企画として、単行本未収録の最先端乳がん治療についての内容を加えた、ダイジェスト版をお届けします!

左から、聖路加国際病院形成外科医の名倉直美先生、篠田節子さん  撮影/chihiro.
左から、聖路加国際病院形成外科医の名倉直美先生、篠田節子さん  撮影/chihiro.

テレビ通販のノリで再建決断!?

篠田 実は乳がんと診断されたときに、ステージ1と2の間ぐらいということで。温存か切除か、どちらかを選ぶことになるでしょう、でもこの状態だと、たぶん切除になるんじゃないでしょうか、というようなことを、地元の乳腺科の先生に言われたんです。「万一取っちゃったにしても、再建という手もありますから」って。そのときは、還暦過ぎて再建? ありえない、と(笑)。
 一世代前に乳がん手術をしている周りの友人たちは、みんな温存なんですよ。だから私も温存になるのかな、なんて思っていたら、聖路加での診断の結果、全摘しかない、と。そこで乳腺外科の先生から再建するかしないか、という選択肢が即座に提示されたんです。ありえない、と思っていたのに、するかしないか、するなら今、形成外科の先生の予定、押さえますよという、まさに「あと10分だけ、このお値段!」状態で。これ逃したらチャンスなくなるかも、手術して閉じちゃったらもうできないのかも、とか、なんだかわからないけどやるなら今、ええい、やっちゃえ的な、気分になって。
 だから、再建って、最近の乳がん手術では切除が決まったところで提示されるごく普通の選択肢なのかと思っていたんですが、後から論文なんかを読んでみると、実は再建手術を実施している医療機関はすごく限られているそうですね。理由は、再建手術を行うことができる形成外科医が少ないから、と。今日は、その希少な形成外科医の先生からお話をうかがえるということで、たくさん質問事項を用意してきました。よろしくお願いします。

名倉 こちらこそ、よろしくお願いします。
 乳房再建は、特に人工物(シリコンインプラント)での再建の場合はどこでもできるわけではなくて、実施施設認定といって、常勤で形成外科と乳腺外科の専門医がいる施設でないと、認められていないのです。全国で550施設くらいになりますが、東京近郊など特定の地域に集中していて、地方では施設がまだまだ少ないですね。自家組織を使った再建には、実施施設認定といった制限はないですが、形成外科医の人数や病院の規模によって条件が異なるので、どこでも同じようにできるわけではないのです。

篠田 私は人工物で再建していただきましたけど、そうすると自家組織での再建の方が、数としては多いんですか?

名倉 人工物で再建できる施設が限られているので、全国的には自家組織での再建も多いと思います。もともと人工物での再建は保険がきかなくて自費治療だったこともあって、患者さんにとってハードルが高い再建方法だったんです。それが、2013年7月から保険が使えるようになって、そこから人工物での再建が一気に増えました。

名倉直美医師:聖路加国際病院ブレストセンター 日本形成外科学会認定専門医
名倉直美医師:聖路加国際病院ブレストセンター 日本形成外科学会認定専門医

篠田 でも、自家組織での再建って、脂肪を取ったところの傷口がひきつれるとか、傷痕が残るとか、あるそうですが。先生からご説明いただいたときも、痛そう、これは嫌だな、と。まあ私の場合は、乳腺外科の執刀医の先生から「取るような脂肪がない」と一言(笑)。

名倉 細い方はどうしても難しくて(笑)。当院では人工物が多いですが、術前に人工物と自家組織と、どちらにしますか? と説明して、自家組織を選ぶ方もいらっしゃいます。自家組織での再建って、傷は増えるし、手術時間や入院も長くなる、というデメリットは確かにあるんですが、長い目で見たときのメリットもあるんです。
 人工物の場合、再建した直後はきれいな形になるように作っているんですが、どうしてもだんだん硬くなってくることがあるんですよね。インプラントの周りに被膜という膜ができますが、それが縮んでくると、被膜拘縮ひまくこうしゅくといってインプラントの輪郭がはっきり外から見えてしまうことがあって。特に痩せている方だと起こりやすいので、マッサージや運動をしていただく必要があります。それに対して、自家組織だと、長期的な変化は少ないといわれています。より自然な形で、小さめの乳房や下垂なども再現されやすいですね。
 そのほかの合併症として、人工物の場合、インプラントの周りにリンパ液が増えて、胸がぼこっと腫れてしまう病気(ブレストインプラント関連未分化大細胞型リンパ腫)が、数千から数万人に一人くらいの割合で起こる可能性があります。発症まで平均9年といわれていますが、日本で人工物再建が増えたのがここ4~5年なので、そういった症状の方が、これから増えてくる可能性はあるのかな、と思っています。だから、長期のリスクを考えて、人工物ではなく自家組織での再建を選ぶ方もいらっしゃいます。

篠田 そのあたり、インプラントのリスクについては、しっかり説明してくださいましたね。でも、10年後、20年後の、となったら私にはあんまり関係ないなと(笑)。

名倉 患者さんの年齢によって、再建に求めるものも変わってきますから。若い方は、脱いだときに今と同じ見た目を希望する方が多いです。より自然に、傷痕も目立たないように。
 40代以降の方は、見た目だけではなくて、洋服を着たときに不自然じゃないとか、パッドをいちいち入れたくないとか、過ごしやすさや快適さを重視する方が多いですね。

篠田 私もまさにそれ。水泳するときにわざわざパッドを入れたくない、という理由で再建を決めましたから。

名倉 70代になってくると、孫とお風呂に入りたいとか、家族や友人と温泉に行くのを断りたくない、とか、自分のためというより周りに気を遣わせないために、という理由が多くなってきます。何を目的に再建するのか、患者さんのご要望はできるだけ細かくお聞きするようにしています。

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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