2022.12.16
学歴にこだわり続ける敗北者たちの声を書きたい【京大卒・佐川恭一×慶應卒・麻布競馬場 学歴対談】
本流のなかで負けてしまった人たちの声を書く
麻布 佐川さんは「少年激走録」とかで、中学生のひたむきな努力をきらめく青春のような形で描き上げるじゃないですか。努力はやっぱり肯定されてしかるべきだと思いますか?
佐川 いや、一応エンタメを書く上で希望を持たせて終わらせた方がいいかな、ぐらいの感覚です。楽しもうと思ってくれてる人にわざわざつらい思いさせなくていいかな、みたいな(笑)。でも、現実はそう甘くはないですよね。麻布さんはまぁまぁ突き放した終わりにしてますけど、そっちの方が現実に近いと思います。本当に勝てる人なんてどこの世界にも一握りしかいないし、大抵の人は敗北するわけですから。
麻布 だからこそ上手な負け方って必要なのかもしれないですね。
佐川 戦いから降りる方法、みたいなことですよね。例えば、麻布さんの「30まで独身だったら結婚しよ」って短編に出てくる元カレ、あの人は降りてるでしょう。
麻布 彼は降りてますね、完全に。
佐川 あれ多分すごく幸せなんですよ。人生のいい着地点だと思います。すごい上目指してたけど仕事を辞めて、ちょうどいいところに落ち着いて、あたたかい家族もいて、そんでユニクロの感動パンツ穿いてるみたいな(笑)。
麻布 先日、佐川さんがTwitterに、ずっと新人賞に応募することを生きがいとしていたけど、これからは辞めますって書いてたじゃないですか。あれも降りるのに近いですね。
佐川 いや、実はそこに関しては降りる気ゼロだったんですけど、編集者さんにもうダメって言われちゃって。何かまあ業界のアレがいろいろあって、もう資格がほぼないらしいんですよ。
麻布 なんでずっと応募し続けてたんですか?
佐川 うーん、やっぱり新人賞を受賞しているかどうかってでかいんですよ。受賞してない身分で小説を書かせてもらってると裏ルートを使ってるみたいな感じがするっていうか。
麻布 確かに。なんかわかるな。僕もたまにDMで「フォロワーの数が多いだけの理由で本を出せるのはおかしい」って文句言われます(笑)。
佐川 そういう妬みって受験で言えば指定校推薦みたいなもんですよね。だから本当は新人賞を受賞してその感じを払拭したかったんですけど、もう諦めます(笑)。麻布さんは新人賞とかはどうですか?
麻布 僕はアウトサイダーアートみたいな感覚で小説を書いてるので、新人賞に出すことはないかな。
佐川 そうですね、確かに出す必要ないと思います。麻布さんは本流から外れた場所で真ん中の文壇を殴り続けるタイプですし。いや、僕もどっちかっていうとそれがしたいんですけど。
麻布 佐川さんは今後、どういう小説を書きたいんですか?
佐川 僕は日本の現代文学って社会との接続を過剰に求められすぎてるんじゃないかなって思うんです。社会で盛り上がってる問題に対する上手なアンサーみたいな文学が受け入れられやすくなって、そればっかりになってるような。僕はそうじゃなくてええやん、みたいな気持ちをずっと持ってて。だから、「そうじゃない文学」を書きたいですね。
麻布 確かに社会に対してメッセージがない、みたいな批判はよく目にしますね。
佐川 そうそう。でも、なんで社会にメッセージ出さなあかんねんって思っちゃうんですよ。生きづらい人に手を差し伸べるとか、文学ってそれだけじゃないのでは、と。
麻布 僕は今の時代って、佐川さんがおっしゃったような現代的な価値観から漏れた人たちの声が透明化されてると思うんです。大きい号令とか大きな旗が導く方向とは違う場所から発せられる言説が見えづらくなっているように感じる。そういう声を掬い上げる必要もあるだろうし、僕はむしろそっちをやりたいと思う。
佐川 本流のなかで負けてしまった人たちの声ですね。
麻布 ええ、メインストリームの言説が掬い上げられなかった悪いモノ、古いモノ、だけどみんなの心のなかに確かに存在するモノを僕は小説のなかに書き続けたいと思います。
佐川 めっちゃいい話。僕も完全に同意です。麻布さんの次の本も楽しみにしてます!
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