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学歴にこだわり続ける敗北者たちの声を書きたい【京大卒・佐川恭一×慶應卒・麻布競馬場 学歴対談】

競争にはドラマが詰まっている

麻布 「すばる文学賞三次通過の女」も傑作でした。完全に村上春樹への当て擦りみたいになっていて。

佐川 あっははは! 村上春樹の『一人称単数』(文藝春秋)のなかに「石のまくらに」という短編があるんですが、文体ごとパロディしました。僕は「文學界」掲載時に読んだんですけど、それが確か村上春樹久々の短編だったんですね。それ読んで、「あいつ全然変わってねえ!」って興奮しちゃって。まあ「小説すばる」掲載は無理やろなと思いつつも書いちゃいました。

麻布 この作品でも感じたんですが、文学賞とか受験といった「競争」が佐川さんのなかで大きなテーマになっていますよね。

佐川 そうですね。やっぱり競争って面白いじゃないですか。みんな競争がない方がいいっていうんですけど、どうしても上を目指しちゃうし、競争を見たくなっちゃう。それが人間の性なんでしょうね。だけど、当然ゴールに届かずに挫折していく人も多くて、そこにはドラマが詰まってる。麻布さんはそこをうまく小説に使っていて、読みながらいつも感心します。

麻布 確かに僕が執拗に書いているのは、30歳で挫折して競争から脱落した人たちですね。競争は僕のなかでも一つのテーマになっています。ただ、競争って普通は目に見えないものなんです。でも受験に関しては、偏差値とかで定量化・可視化されてわかりやすい。

佐川 そうですね。受験は明確にランク付けされますから、本当にわかりやすい。でもそれから社会に出ると、そういうランク付けって複雑になってわかりづらくなります。それでも格差を象徴しているモノってあるし、麻布さんは「タワマン」みたいな言葉で的確にそこを表現している。ああいう作品を読むとやっぱり東京って特別だなって思います。

麻布 本当ですか?

佐川 僕は滋賀の外れのほう出身なんですけど、タワマンってそんなに多くないんです。いや、というか地元で見た記憶がない(笑)。受験に関しては目の前に模試の順位表とか判定とかが出てきて、田舎でも競争意識が生まれたんですけど、その先の「金持ちになってタワマン住むぞ」みたいなのはありませんでした。田舎って多分、社会的にとことん上を目指すぞって気持ちが湧きづらいんですよ。ものすごい上流階級っていうのが見えないんで。東京に出て行って、早稲田や慶応、東大に通ってるカルティベートされた人たちを目の当たりにするからこそ、競争心がより芽生えるんだと思います。だからやっぱり、「京大」より「東大」のほうが記号としても優れてますよね。

麻布 なるほど、だから最後に収録されている「東大A判定記念パーティー」は東大なんですね。

佐川 東大の方がいじりやすいっていうのもあるんです。僕の学歴は「一浪・京大」なんですけど、これって結構便利だなって思っていて。京大生の生態は当然わかるし、東大を目指してるやつの感覚もわかるし、東大を必死で受けて落ちてるやつとか、浪人しまくってるやつとかを戯画的に書いても、そこまで嫌味にならないポジションというか。嫌味に感じてる人がいたら申し訳ないんですけど。いつだったか、小川哲さんにも学歴の話は続けた方がいいってアドバイスされました(笑)。

麻布 僕の場合は、受験のその先にあるものを意識しながら小説を書いています。受験って学力のトーナメント戦だと思うから、とにかくみんな頑張って勉強しますよね。でも、社会に出るとそれだけだと通用しない。あれだけ勉強はできたのに、実務ができない、コミュニケーション力がないって理由で会社のなかで浮いてしまう。実は学歴主義と日系企業って相性が悪いんじゃないかなって思ったりもします。

佐川 めっちゃわかります。僕も最初に入った会社、一年で辞めてます。そもそももう小説も書き始めてたし、就職なんてしたくなかったんです。でも周りの雰囲気に流されて、なんだかんだで大きいとこに入ったんです。東大30人、早慶100人みたいな、まあ一流とされる会社ですね。ただ、やっぱりノリについていけませんでした。激し過ぎて。

麻布 どういう激しさだったんですか?

佐川 入社式で「俺たちは勝ったんだ!」みたいにはしゃいでる感じですね。それを人事の課長代理がめちゃくちゃに煽ってくる。

麻布 きつい(笑)。お前らは人生の勝ち組だ、みたいなね。

佐川 そうそう。「お前らは人生に勝った」ってはっきり言われました。「〇〇商事を蹴ったやつも、〇〇〇を蹴ったやつもここにはたくさんいる。正しい選択をした自分に拍手!」みたいな(笑)。それでみんなも「オー!」とか言って盛り上がってるんです。急に立食会場の真ん中で何人かブレイクダンス始めたりして。「あ、やってもうた」って思いました。それが4月1日なんですよ。陰キャには地獄でしょ。

麻布 怖すぎる(笑)。

佐川 内定式のときなんか大学別に列を分けられて並ばされてましたから。「東大の人はこっち、早慶はそこでまとまってね。はい、その他地方大学の方はあちらへ」って(笑)。もう笑うしかない。その時灘高出身の京大工学部のやつが「誰がその他地方大学やねん!!!」ってめっちゃキレてましたね(笑)。そんな世界で生きてきたから、学歴の話は書きやすいですね。エンタメを書く上では特に。

麻布 受験は山場もあるし、結果もはっきりしてますからね。

佐川 そう、わかりやすいドラマですよね。目標もはっきりしてて、スポーツにも近いかもしれない。僕の高校ってスパルタ系の進学校だったんですけど、当時は校舎も古くて、刑務所みたいな空間で精神的にボコボコにされたんです。例えば、黒板に下手な英作文を書いたらめちゃくちゃディスられる。『シン・サークルクラッシャー麻紀』の中にも出てくるんですけど、「この英作文、〇〇大学(生徒が目指す大学ではない大学)の臭いがする!」って言いながら先生が歌い出すんですよ、蛍の光とかを。でも、その厳しい先生がまた、受験前に「俺についてきたお前らなら絶対大丈夫や」みたいなこと言うわけです。僕らも単純なもんで、その一言でジーンときて「やっぱいい先生や」みたいになったり(笑)。しかしまあ、あれだけ苦労したんだから、小説のネタとして擦れるだけ擦って元取ったるぞ、という気持ちはありますね(笑)。

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麻布競馬場

あざぶけいばじょう
1991年生まれ。

Twitter@63cities


(イラスト:岡村優太)

佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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