2021.11.28
「捨てないパン屋」がアフター・コロナに目指すもの――田村陽至さん×井出留美さん「食品ロス」特別対談
物作りをする人が豊かに生きるための学校を
井出 結局、「強欲が身を滅ぼす」ということなんじゃないかな、と私は考えているのですが……。それでも10年前に比べると徐々に価値観や感覚が変わってきているかな、という気もします。田村さんの著書『捨てないパン屋』も、食品ロスについてだけでなく、田村さんの生き様や働き方に共鳴する人が多かったのではないかなと思うのですが、田村さんのところにはそういった声がありましたか?
田村 そうですね。今うちに来ている研修生の一人は、パン屋とは全然畑が違う、おみくじ屋さんなんです。ビジネスでは成功していて、これ以上働かなくても衣食住に困らない高所得者。でも、それだけだと何か違うと、僕の本やブログなどを読んで考えて、応募してくれたみたいです。今の日本全体を見ても、コロナでお金はばらまかれたけど、農地とか祭りとか、お金に換算が難しい社会資本が急速に減っていますよね。バブル後に減り続けていた社会資本が、コロナで一気に減ってしまった。僕は、その社会資本に「物を作る人」というのも入れて考えているのですが、コロナによって、小さな食堂で食事を作り続けていた人とか、レストランにおろすために一生懸命食物を作っていた農家の人たちとか、物作りに携わっている人たちがすごい打撃を受けています。そして、物作りをやめてしまった人や、やる気を失っている人がたくさん出ています。
田村 かつて、高度経済成長期を迎えた頃の日本は、田舎で物作りを生業にしていた人たちが街に出てきて、その器用さでもって戦って、世界に勝っていたところがあると思うんです。でも、今うちにくる研修生は、マッチすら擦れない人が珍しくない。バーチャルなことは上手なんだけど、マッチで火はつけられないんです。リアルな物を材料から作れる人がいなくなり、技術もどんどん廃れていることに危機感を感じています。田舎に行って空いてる農地があっても作る人がいない。しかもコロナ後には物不足の時代がくることは明らかで、すでにインフレになりつつあります。だから物作りができる人を育てよう、というか、一緒に戦っていく仲間を増やしたくて、研修生を受け入れていたのですが、今の研修生制度だと、2〜3人が精一杯。「物を作っても割に合わないからやめて、YouTubeでもやったほうがいい」という人が増えている中で、年に2〜3人の研修だと間に合わないので、今年で研修制度は終了にして、もっと門戸を広げた「パンの学校」を立ち上げようと考えています。一緒に物作りをして豊かになっていく人を増やしていきたいという思いです。
井出 パンを作るだけでなく、蒜山では、これまで以上に、人を育てるということに注力されていくんですね。
田村 そうですね。最初はパン屋対象の「パンの学校」にすると思うのですが、いずれはパン業界以外の人も迎えて、広くやっていきたいです。でも、これでドタバタしちゃうと、「やっぱり物作りって割に合わない」となって次世代に続いていかないので、物作りをやって豊かになるというところが重要なんです。自分も、親が忙しそうに働き続けてバブルが崩壊して苦労をして……という、かわいそうな姿を見てきているので、物作りをして豊かになれる仕組みを提示できる学校を作りたいです。これも前途多難なんですけどね(笑)