2021.11.22
「結婚はめでたいものというよりも、決意を称えられるべきものなのかもしれない」〜書評家・三宅香帆さんが選ぶ「いい夫婦の日に読みたい本」
そんな夫婦の記念日に寄せて、「よみタイ」では、「いい夫婦の日に読みたい本」特集をお届けします。全3回の特別企画です!
第1回では、「よみタイ」発の単行本をご紹介しました。
第2回では、写真評論家で書評家のタカザワケンジさんが、夫婦関係について考えるきっかけとなる本を紹介してくださいました。
そして今回、“夫婦本”を紹介してくださるのは、書評家の三宅香帆さんです。著書に『人生を狂わす名著50』『副作用あります!?人生おたすけ処方本』などがある三宅さんが厳選した、「いい夫婦の日に読みたい本」とは……?
人気作家の結婚観に触れる 『いくつもの週末』(江國香織)
ぜひ夫婦について考えたいときに読んでほしい、人気作家が結婚生活について綴ったエッセイ集。……と、これだけ聞くと、もしかしたら夫婦のふわふわした日常を、素敵に描いた本を想像されるかもしれない。
まあ、そのイメージは、間違いじゃない。たしかに作者である江國さんの文章は素敵だし、夫とふたりで暮らす日常はどこかふわふわしている。
しかしきっと、読み終わったら「夫婦って……」と呟かざるを得ない。
夫婦って。その後に続く言葉は、あなた次第だろうけれど。それくらい、ここに描かれている夫婦の日常は、重くて、切なくて、そして不思議なものだ。
――江國さんは、結婚というものを、こんなふうに表現する。
「少し距離のある関係の方が“comfortable”で素敵だ、というふうにしか考えられなかったのに、いいえ結婚をするのだ、わずらわしいことをひきうけるのだ、ともに現実に塗れて戦うのだ、と無謀にも思えてしまったあの不思議な歪を、私はいまでも美しいものだったと思っている」(『いくつもの週末』より)
快適で、素敵な関係を、あえて壊すこと。そしてその先に待ち受ける、わずらわしいことを、あえて引き受ける勇気を持つこと。それを江國さんは「結婚」だと言う。
彼女は、結婚を決意したことは自分のなかの何かしらのひずみだった、とエッセイのなかで振り返る。普通の状態だったら、そんなこと、決意できるはずがないのだと。しかしそのひずみは美しい。快適じゃなくて、わずらわしくて、だけどそれを引き受けようとすること自体が美しいのだ、と『いくつもの週末』は言う。
結婚がおめでたいものだと信じて疑わないこの世の中だけど。『いくつもの週末』を読むたび、結婚はめでたいものというよりも、決意を称えられるべきものなのかもしれない……と思う。そして夫婦でい続けることは、きっと世間の人が思う以上に、すごいことなのだと感じる。
このエッセイのなかで描かれるように、夫婦の関係はどうやら不思議なことだらけらしい。なんでそんなことするの? と疑問に思うようなことを、相手はさらりとやってのける。相手は他人だ。しょうがない。しかし生活のなかで生まれる違和感をどうにかこうにかやり過ごしながら、日々は続いていく。
それは決して快適なものではない。でも、それを選択することが美しいのだ。――そんなふうに夫婦を捉えるエッセイなんて、なかなかない。
夫婦についていつもと異なる角度から考えたいとき、ぜひ読んでみてほしい一冊だ。きっと、いままでにない視点が、江國さんの匂いたつような豊かな文章のなかで、見つかるはずだから。