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【いい夫婦の日に読みたい本】「夫婦は必ず別れることになるものだから…」書評家・タカザワケンジさんが選ぶ<夫婦本>3冊

夫婦でいる意味についての究極の答え 『快挙』(白石一文)

 白石一文の『快挙』もまた夫婦という定型からははみ出した夫婦の物語だ。

 山裏俊彦は写真家をめざす若者。あるとき物干し台で洗濯物を干していた女性、みすみに目を留め、写真に撮ったことをきっかけに結婚する。しかし、写真家としては芽が出ず、見切りをつけて小説に転向。最初の作品が小説賞の最終選考に残るものの、なかなかデビューにこぎつけない。物語は1992年に始まり、バブルの余韻から長期にわたる不景気へと低迷していくこの国の経済を背景に、阪神淡路大震災で妻の実家が被災したり、彼自身が病気を患ったりと波乱含みの人生が描かれている。

 山裏は幼少期に父に殴られて育ち、母と姉が助け船を出すこともなかったため、家庭というものに絶望している。妻のみすみも事情があって一度は家を捨てた女性だった。みすみは夫の才能を信じて励まし続け、山裏もみすみと出会ったことで「私はみすみと結婚して本当によかった。/心を許せる相手と一つ屋根の下で暮らすという経験がまずもって初めてだった」と感じていた。

 しかし、時が経つにつれ状況は変化し、二人の気持ちも変転する。一緒に暮らしているからこそ言葉にできない感情があり、互いの胸のうちを推し量ろうとすることが、二人の関係を近づけもすればかえって遠ざけもする。夫婦でいるということは、最終的には相手が本当にかけがえのない存在なのかという問いに行き着くのだろうが、最後に山裏がくだす選択は、その究極の答えかもしれない。

夫婦関係が抱える危うさをあぶり出す 『気がつけば地獄』(岡部えつ)

『快挙』は夫から妻への愛をうたった物語である。しかし、その語り手が夫の一人称であることは重要で、結局のところ、妻が夫についてどう思っているかはわからない。一方、岡部えつの『気がつけば地獄』は、妻、夫、愛人、三者の視点から、夫婦という定型的な関係が抱える危うさをあぶり出す。

 紗衣は幼稚園児の子を持つ母。夫に内緒で買った美顔器を宅配便業者が取り違え、誤配達されるというトラブルに巻き込まれる。そのことをTwitterでつぶやいたことがきっかけでナナというネット友だちを得るのだが、実はそのナナが夫の愛人だった、というのが物語の始まりである。

 三者の一人称で描かれているため、読者は最初からそれぞれのウソとホントを知っているのだが、それでも物語の先を読む楽しみは失われない。なぜなら夫婦がどうなるか、夫と愛人がどうなるかという関係性の変化は予想できないからだ。夫婦という関係はいかにも安定したもののように思われているが、その内実は型に押し込んでできた張りぼてのようなものなのかもしれない。その薄っぺらさ、もろさを浮き彫りにしたスリリングな作品である。

 結婚はいいものだ、と冒頭に書いた。実は今年でちょうど結婚して20年になる。いいものだという思いは20年間変わらないが、つねに覚悟していることがある。それは夫婦は必ず離ればなれになるということだ。離婚にしろ死別にしろ、いつかは必ず別れることになる。であれば、限られた時間をどう使うかを考えるべきだ。『愛情生活』と『快挙』はエッセイと小説という違いはあれど、どちらも世間一般の定型的な価値観にとらわれることなく、相手を見つめようとしている。一方、『気がつけば地獄』は、夫婦や恋人という定型に当てはめようとすることが地獄を招きかねないという警告になっている。
 うちの夫婦は「普通」だから大丈夫、などとゆめゆめ思わないことが肝要なのである。

(書評家/タカザワケンジ)

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次回(11月22日配信予定)は、書評家・三宅香帆さんが、いい夫婦の日に読みたい本を紹介してくださいます。
どのようなセレクトとなるでしょうか、どうぞお楽しみに!

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タカザワケンジ

たかざわ・けんじ●写真評論家、ライター、書評家
1968年群馬県生まれ。雑誌、Webに文芸書評、写真評論、作家インタビューを執筆するほか、文庫解説を手がける。『Study of PHOTO 』日本語版監修。金村修との共著に『挑発する写真史』がある。東京造形大学、 東京綜合写真専門学校、東京ビジュアルアーツほかで非常勤講師。

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