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あなたの飲み方、大丈夫? 酒にまぶしてしか本音を語れない男たち

日本のアルコール依存症者の9割は男性です。
そのため、アルコール依存症の治療方法や疾病理解は、男性をマジョリティとして確立されてきました。
男であることと、お酒を飲むこと/飲み続けることには、どのような相関関係があるのでしょうか。そこには、男性特有の「本音を語れない」「弱音を吐いてはいけない」という心理が影響しているようで——。

アルコール依存症の最新治療から、心理的要因、当事者や家族をめぐる状況についてなどを幅広く取り上げた単行本『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』より、著者の斉藤章佳さんと、「男性学」研究のトップランナーである田中俊之先生との対談を再編集してお届けいたします。

「俺の酒が飲めないのか!」の謎

斉藤:男性学の領域で、「飲酒と男らしさ」についての研究をされている方はいないですよね。

田中:これまでは聞いたことがないですね。男性学とは、男であるがゆえの生きづらさを扱う学問分野なのですが、そもそも、男性学の研究をしている人間自体が本当に数えるほどしかいないのと、そのテーマだと狭すぎるんだと思います。
 どうしても日本では「仕事と男」の結び付きが強いので、そういったテーマや、「権力と男」という研究をしている人のほうが多いです。でも、働き方のスタイルと飲み方というのは非常に緊密につながっていますよね。

男性学が専門の社会学者、田中俊之さん。
男性学が専門の社会学者、田中俊之さん。

斉藤:かつては例えば「俺の酒が飲めないのか」というパワーハラスメントがよくありました。酒の力を借りて自分の力を確認したり、ハラスメントをしても、その人の行為責任はなぜか問われない。こうした構造は「酒の席でのことだから」とあまり問題視されてきませんでした。でも、近年の若者の飲み会離れや「忘年会スルー」という風潮が出てくる中で、「男の飲み方」も確実に変わってきたように思います。それは男性自身のジェンダー観の変化や、男性の家事労働への参加、性別役割分業が崩れてきていることと関係があるのかもしれません。

田中:いわゆるホワイトカラー、第三次産業で働く人は、そうした社会の変化を比較的受けやすいと思いますね。一方で、農業や漁業などの第一次産業に従事している人は、小さな共同体の中で仕事をすることが前提ですから、そうした個人主義的な価値観にシフトしていくことは容易ではないと思います。同じ地区で田んぼを作っていたり、同じ船に乗っていて「あ、それ僕は参加しませんから」っていうのはなかなかできないですよね。
 でもよく考えてみると、「俺の酒」ってなんでしょうね。飲みたくないですよね(笑)。

斉藤:これまで私が関わってきたアルコール依存症の患者さんの中には、大工さんや建築関係の方が一定数いたんですが、なんとなく腑に落ちました。大工も、棟梁がいて、その下で働く人がいて、というわりと家族的な密なつながりで働くことが求められますからね。「俺の酒が飲めないのか」って言われて、飲めませんとは言いづらそうなイメージがあります。
 ただ、全国に1000万人以上いるとされている多量飲酒者、いわゆるプレアルコホリックのメインとなる層は、どんなに酒を飲んでいても朝になればきちんとネクタイを締めて出社するサラリーマン、「ネクタイアル中」と呼ばれる人たちです。

田中:飲んでも朝になったらネクタイを締めて、ちゃんと定時には出社して、まともに働く。それをやれるということがすごいと思います。日本のサラリーマンにとって、「会社に行く」ということはそれほど強い強制力があるわけですよね。

斉藤:朝まで飲んで、すぐ仕事に行く俺、みたいな「できる男イメージ」ってありますよね。今は変わってきていると思いますが、かつてはそれができないと男の集団に入れないというような空気が確実にありました。

田中:冷静にその考え方を検証すると、朝まで飲んで、ほとんど寝ずに職場に行くという行為は、明らかに仕事の質を落としますし、おそらく人間関係にも影響が出るはずです。でも、「それができないと男じゃない」「朝まで飲むのが男だろう」といった、謎の価値観があります。

斉藤:「俺の酒が飲めないのか」「吐いてまで飲め」というのは、完全に体育会系の気合いと根性論ですよね。今考えたらいじめの世代間連鎖と非常によく似ています。私も学生時代はずっとサッカーをやっていて体育会系だったので、気合いと根性の集団に属している期間が長かったです。
 われわれの世代は、部活をしていても「休憩中に水を飲むな」「日陰で休むな」といった、今の運動生理学からすると全くエビデンスのないことを強要されていました。試合に負けたら、「あのとき水を飲んだからだ」と言われ、本当に訳のわからない価値観を信じ込まされていました。
 大学に入っても、運動部系は「つぶれるまで飲ませろ」と強制される。自分たちもそうされたから、入ってくる人たちにも同じことをさせて、それを勝ち抜いてきた人がいわゆる「男」なんだという考えです。本来、酒が強いか弱いかは、運動能力とは全く関係がないのですが。そういう体育会系に共有されている「男たるもの、酒が強くてナンボ」というイメージは、男の集団の絆を強化してきた側面があると思います。

男らしさを示す手段「達成」と「逸脱」

田中:男らしさを証明する方法は、基本的には二つあると考えられています。一つは「達成」です。これは社会的に価値のあることを達成する。運動部だったら全国大会に出ることでも、受験生だったらいい大学に受かることでもいいでしょう。就活生だったら一流企業に入社する、もう入社した後だったら出世するということでもいいわけです。社会的に「良いとされていること」を、とにかく成し遂げていく。しかし、競争なのでどうしても負ける人が出てきます。
 では、負けた人はどうやって男らしさを証明するかというと、それがもう一つの手段である「逸脱」です。規範やルールをわざと破る、つまり、既定の価値観に縛られていない俺は男らしいだろうというやり方です。この典型が僕らの学生時代にいた不良です。学校で好成績が修められない、勉強ができない、そうすると、学校で居場所を感じられないし価値を認められないから、ルールを破って俺はすごいんだと示す。
 先ほど斉藤さんがおっしゃったような「朝まで飲んで仕事をする俺」的な人が働く会社はそれなりの大企業が多いと思いますが、それは、その二つのハイブリッドですね。俺は学歴も社会的地位もあるけれども、悪いこともできちゃうよ、達成も逸脱もできちゃうよということです。そのやり方は、健康・社会的信用・家族などを失うリスクを伴う、どう考えてもあまり合理的ではない証明方法なんですけどね。
 ただ、このまま行くと破滅するかもしれない、ということ自体が重要なのかもしれません。男性が社会に出てから約40年間働き続けるというルートから降りるためには、大きな病気やケガをする以外には方法がないんですよね。アルコール依存症のように、仕事を失うとか、家族を失うという危機的な状況に引き寄せられるのには、「強制終了ボタンを押したい」という心理もあるのではないかと思います。

斉藤:以前、作家の中村うさぎさんと対談したときに、うさぎさんはずっと買い物依存症で自傷行為とも取れるような整形も繰り返していたのですが、買い物依存を通して学んだことは、依存症の本質は「死と隣り合わせである」ということだと言っていました。ギャンブルには経済的な死、アルコールには身体的な死、薬物には社会的な死が待っています。万引きを繰り返すクレプトマニア(窃盗症)も刑務所に何度も行きますから、社会的な死と言ってもいいでしょう。全ての嗜癖的行動は死と隣り合わせだから、それゆえに人は耽溺するのだというのが、うさぎさんのアディクション哲学です。
 うさぎさん自身も、印税を前借りしてブランド物に全部つぎ込んで、最後は、多額の借金をしてまでブランド物を買い漁るところまで行ってしまった。今はもうそこから脱したらしいですが。やっぱり、この死と隣り合わせであるという点が、依存症の本質的な部分だと思いますね。

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田中俊之

たなか・としゆき
1975年生まれ。大正大学心理社会学部人間科学科准教授。博士(社会学)。
男性学の視点から、男性の生き方の見直しをすすめる論客として、各メディアで活躍中。
著書に『男性学の新展開』『男がつらいよ——絶望の時代の希望の男性学』『〈男〉はなぜ嫌われるか』『男が働かない、いいじゃないか!』『男子が10代のうちに考えておきたいこと』などがある。

斉藤章佳

さいとう・あきよし
精神保健福祉士・社会福祉士。大森榎本クリニック精神保健福祉部長。
1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル、薬物、摂食障害、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニアなどあらゆるアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践、研究、啓発活動を行っている。また、小中学校での薬物乱用防止教室、大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、全国での講演も含めその活動は幅広く、マスコミでもたびたび取り上げられている。著書に『性依存症の治療』『性依存症のリアル』『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』『「小児性愛」という病——それは、愛ではない』がある。

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