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「矢沢あい展」でも大注目! 4刷決定『ストリート・トラッド〜メンズファッションは温故知新』より「パンク」カルチャーをひも解く

マルコム・マクラーレン

 しかし彼らアメリカのパンクは、確固としたスタイルは生み出さなかったし、ロック界全体への影響も微々たるものであった。多くのパンクミュージシャンがアマチュアであったり、アート志向のクールなインテリであったりしたため、パンクは芸術運動の一環のように見られ、アンダーグラウンドから抜け出せなかったこと。そして多くのパンクスが個人主義者で、画一的なスタイルを好まなかったというのがその理由であろう。
 パンクの影響力が増大するのは、その後、イギリスでのことである。仕掛け人は、マルコム・マクラーレンという男だ。
 クロイドン美術学校を経てゴールドスミス・カレッジで美術を学んだマルコムは、一九六〇年代、シチュアシオニスト・インターナショナル(IS)の一員として活動していた。シチュアシオニスト・インターナショナルは、発祥の地がフランスだったため、フランス語のINTERNATIONALE SITUATIONNISTEを略してISとされたが、もちろん、同じ表記である現在のイスラム国とはいっさい関連はない。
 国際的集団であるISは、一九五〇年代後半から一九七〇年代初頭にかけて、ヨーロッパ各国を舞台に、社会・政治・文化・芸術の統一的実践を目指した。活動家は資本主義社会の大量消 費(スペクタクル)を徹底的に批判。落書きやビラなど自律的メディアを利用しながらみずからの都市生活をデザインし、スペクタクルの対極にある状況(シチュエーショニズム)の構築を主張した。

 当時はヒッピーカルチャーの一角とみなされていたISの運動に身を投じていたマルコムは、無政府主義者(アナーキスト)でもあった。

マルコムとヴィヴィアン

 一九七〇年代になるとヒッピーカルチャーは終焉期を迎え、ISの活動も鈍化していく。ISから遠ざかったマルコム・マクラーレンは一九七一年、ロンドンのキングスロード四三〇番地で、学生時代に出会ったパートナーであるヴィヴィアン・ウエストウッドとともに、折から増殖していたネオテッズ(ネオテディボーイズ)向けのファッションを展開するブティック、レット・イット・ロックの経営をはじめる。
 一九五〇年代の家具やラジオ、ポスターで飾られたレット・イット・ロックの内装は、まさしくネオエドワード調だったし、販売されている主な服はいかにもなテディボーイズファッションだったが、ヴィヴィアンがつくる服はいささか趣の異なる要素が混ざっていた。
 正規のファッション教育を受けていなかったヴィヴィアンは、既存のファッションのルールを無視するように、奇抜なデザインの服を生み出しつつあったのだ。それは例えば、カットして斬新なシェイプを生み出したうえで、チェーンやニワトリの骨をつけたTシャツなどである。

1977年のマルコム・マクラーレン(左)と ヴィヴィアン・ウエストウッド(Mirrorpix/アフロ)
1977年のマルコム・マクラーレン(左)と ヴィヴィアン・ウエストウッド(Mirrorpix/アフロ)

ニューヨーク・ドールズ

 一九七二年、その店はヴィヴィアンの興味の変化に合わせ、ロッカーズスタイルや、ジップとレザーを多用したフェティッシュな服を売る店へと変わり、店名もトゥー・ファスト・トゥ・リブ・トゥー・ヤング・トゥ・ダイとなった。その後もモダニティ・キルド・エヴリ・ナイトなど、しばしば店名を変えては新しいファッションを模索していたが、その頃のマルコム・マクラーレンには、店の経営よりも心を奪われているものがあった。グラマラスなアメリカのロックバンド、ニューヨーク・ドールズである。
 一九七四年、ついに彼は「もう帰らないかもしれない」とヴィヴィアンに言い残して突然渡米。前年のロンドン公演のときに知り合いになっていたニューヨーク・ドールズのメンバーのもとへと押しかけ、一時的にマネジメントとスタイリングに参加する。

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新刊紹介

佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『オフィシャル・サブカル・ハンドブック』『日本懐かしスニーカー大全』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

ツイッター@satoseijiro

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