2021.6.4
「『“100%”治る』『“絶対”改善する』と断言できないのが医療だと知ってほしい」。『漫画家しながらツアーナースしています。』発売記念対談<前編>
医療情報は“正確な情報”ほど“平凡な情報”になる
明 2章「病気と生きる」の章末コラムには「医療情報は“正確な情報”ほど“平凡な情報”になります」ということも書かれていましたよね。これも印象的でした。
坂本 医療情報でも、マーケティングの手法に使われるような尖った言葉を使ったタイトルや珍しい情報というのは人目を引きます。
一方で、スタンダードな治療、いわゆる標準治療というのはすでにいろんな人に使い古されていて目新しい情報じゃないため、なかなか関心が持たれにくい。たとえば「最新の治療」なんて聞くと、家電や車と同じようなイメージで、ものすごく画期的で魅力的に感じる人が多いと思います。
でも医療で一番大事なのは、その治療法がどれだけ実際に多くの人を救って、効果があると証明されているのか。そういう意味で一番認められているのはやはりスタンダードな治療なのです。
もちろん最先端の治療の中には、本当に良い治療法で、そのうちみんなが受け入れてスタンダードになっていくものもあります。ただ、新しいというだけで効果を確認せずに「新しいから良い!」というのは違うのではないかな、と。
やっぱり一見平凡でつまらなく見えるものこそ大切なのが医療なんです。そして、そこに対して一般の人に振り向いてもらうのもとても大事なこと。
明さんの「ツアーナース」シリーズは、そこにたくさんの人を惹きつける力があるので、すごいなと思っています。
明 ありがとうございます。漫画だと、読む前に医療情報を理解している人、理解できていない人、どちらの感情も描けるので、共感を呼ぶことができるのは強みだと思っています。
坂本 感情って本当に大事ですよね。人間は感情的な生き物だから、理屈をいくら並べてもなかなか行動は変えられない。行動を変えるためにはやっぱり感情の揺れがないといけないので。
明 病院でも、たとえば「食事療法が必要で、こういう方法があります」といくら説明しても、行動に移せない人が、「孫のために長生きしよう」という動機や気持ちがついてくると行動が起こせるということはよくありました。
「ツアーナース」では読んだ人が同じ体験をしていなくても、ストーリーの中で共感が生まれて、行動や意識が変わるきっかけになってくれたらいいな、と思っています。
ただ、実際のツアーナースの現場では、これはコロナ前の話ですが、たとえば吐いてしまった子どもがいたときに、私がスタンダートプリコーション(標準予防策)としてマスクをつけて対処していると、「子どもが怖がるのでずっとマスクを着用するのはやめてほしい」と言われたりすることもあって。当たり前のことがなかなか広がらないと悩むこともあります。
坂本 医療者は当たり前だと思っていることが相手にとっては当たり前じゃなかったり、医療者が普通に使っている言葉が一般の方にはなじみがなかったり、伝えているつもりでも伝わっていないということはよくありますよね。
たとえば「イベント」という言葉。医療者の間では心臓の中で血管が詰まるなどなにか異常が発生したときによく使われる言葉ですが、一般の方は当然、なにか催し物でも開催されるのかと思ってしまいますよね。私も患者さんへ説明するときに、医療者以外にはなじみのない言葉をつい言いそうになってしまうことがあるので、気をつけないといけないな、と思ったりしています。
医療者が伝える際のポイントとして、医療者と医療者ではない人との間には医療知識に差があることを意識しなきゃいけない。それを意識するだけでも違うと思っています。
坂本 私たちの「教えて!ドクター」はチームで動いているのですが、その中には医療者じゃない人もいます。私がなにげなく書いたり話したりしたことが専門的だったり分かりにくかったりすると、メンバーがすぐに「先生、それはなに? どういうこと?」と反応してくれます。そうやって自分の情報の伝え方が矯正されていくのがすごく大事だと感じています。病院の中にばかりいると情報格差に気づけないことが多いので。
明さんはツアーナースや漫画家として活躍されて、医療者以外の方との関わりも多いので、格差を埋める工夫をたくさんされているのではないでしょうか。
明 確かに病院の中にいる時と、ツアーナースをやっている時とでは感覚が全然違います。
ツアーナースとして関わる方は、ふだんは健康に過ごされている方が多いので、病気や薬についての知識の差や感覚の違いを感じることは多いです。
ただ、ツアーナースの場合は、旅行中の3日間くらいしか一緒にいることができません。その3日間で、はたして相手にどこまで医療や体のことについて理解してもらう必要があるのか、ジレンマを感じて行動が難しくなることあります。健康な人がどこまで医療の情報を学ぶべきなのか、坂本先生はどのようにお考えになりますか。
坂本 これは公衆衛生の行動科学の本に書いてあって、なるほどその通りだと思ったことなのですが、「健康に関する話は面白くない・関心のない話」なんです。
面白くないから、いかにして面白く伝えるか、そこがスタートライン。医療者側が工夫するということがベースになくてはいけない。とはいっても、60代くらいになれば誰しも健康に関心が向いていくものですが、30~40代の健康的な人に「生活習慣病に気をつけましょう」というメッセージはなかなか伝わりにくいものですよね。
医療情報の伝え方や伝えるべきことについて明確な答えを持っているわけではないのですが、僕の場合は小児科医として、保護者の方に関心を持ってもらうこと、そして、健康に関する情報を取捨選択する「ヘルスリテラシー」を身につけるお手伝いをすることは、とても大事なことだと思っています。
なぜなら、それが子どもの命を守ることにつながるだけでなく、保護者本人が年をとって健康に関心を持った時に、奇抜な情報に惑わされず、一見平凡に見えるけれど正しい情報にアクセスできるようになるからです。
そのために私は保育園の保護者会などで出前講座をしたり、「教えて!ドクター」で、30~40代のお父さんお母さんに向けて情報発信を行ったりしています。
明さんの漫画は、まさにそういうターゲット、健康にそれほど強い関心を持っていない人にも届いていて素晴らしいですね。
明 みんなに共通する感情の部分を描いているからかな、と思っています。人間関係の悩みとか、不安な時にやさしくされると安心するとか、そういう気持ちは病気の人も健康な人も同じ。私自身、「ツアーナース」の読者のみなさんからの反応を見て、そのことにあらためて気づきました。