よみタイ

あなたの飲み方、大丈夫? 安く、飲みやすく、簡単に酔える、アルコール度数9%以上の「ストロング系チューハイ」の登場によって、お酒の問題を抱える人が増えています。 精神保健福祉士・社会福祉士である斉藤章佳が、酒飲みにやさしい国・日本のアルコール問題をさまざまな視点から考える『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)。 書籍の内容を一部変更して、お酒を飲みすぎてしまう人たちのケースを全6回にわたり紹介します。 ひょっとしたら、身近にいる誰かの顔が浮かぶのではないでしょうか。 前回の記事では、発達障害などからくる「生きづらさ」からアルコールに耽溺してしまった女性のケースを紹介しました。 今回は、外出自粛が続くなか、お世話になっている方も多いのではないかと思われる、酒販店の配達。その気軽さから、お酒で心の空洞を埋めようとした男性のケースです。

スマホで注文・配達で誰にも会わずにアルコール漬けの日々

●60代男性・Cさんのケース

 60代の男性Cさんは、定年まで勤めた会社を退職、子どもはすでに独立しており、妻と二人きりの生活になりました。真面目な性格のCさんはサラリーマン時代は忙しく働き、子育てや家のことは専業主婦だった妻に任せきりだったので、定年後は、妻とゆっくり旅行にでも出かけたりして、悠々自適な年金生活を送ることを夢見ていました。
 
 ところが、その妻が心筋梗塞で急逝。突然一人になってしまいました。それまで、いろいろと細やかなケアをしてくれていた妻のいない状態に放り出されてしまったのです。
 
 大きな喪失感に加え、家の勝手がさっぱりわからず、生活もままならないので、孤独感とストレスから自然と慣れ親しんできたお酒に手が伸びました。もともと酒好きというわけではなかったのですが、現役時代に仕事の付き合いで飲むうち、長年の飲酒習慣である程度の量は飲めるようになっていました。一人家に取り残されたCさんは、これといった趣味もなく、特に親しい友人もいないため、外出することがなくなり、急激に飲酒量が増えました。
 
 スーパーやコンビニに買いに行くのも億劫おっくうなので、酒はスマホを使って自宅まで配達してくれる酒販店に注文。「ビール1本」から頼める気軽さもあり、酒はもちろん、氷やつまみも注文すれば当日、早ければ1時間で配達してくれるので、なくなるたびにケースで注文していました。
 
 最初は缶ビールでしたが、徐々に安くてアルコール度数の高い缶チューハイ、ストロング缶へと移っていきました。飲み始めると、食事をすることも忘れてひたすらストロング缶を飲み干し、500㎖の缶を次々と空にしていきます。気を失うまで飲み、気がつくと、リビングの床に失禁して横たわっていました。そんな日が続き、部屋はまたたく間に大量の空き缶で埋め尽くされ、ゴミ屋敷状態になりました。
 
 やがて下痢による脱水症状を起こして、幻覚や幻聴のような精神症状があらわれるようにもなったCさんは、久しぶりに電話してきた娘がすぐには誰かわかりませんでした。呂律ろれつが回らず受け答えがおかしいと思った娘が家を訪れると、さんざん散らかり異臭のする部屋の中で空き缶に埋もれる父親を発見。すぐに病院に連れて行き、アルコール依存症と診断されました。

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新刊紹介

斉藤章佳

さいとう・あきよし
精神保健福祉士・社会福祉士。大森榎本クリニック精神保健福祉部長。
1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル、薬物、摂食障害、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニアなどあらゆるアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践、研究、啓発活動を行っている。また、小中学校での薬物乱用防止教室、大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、全国での講演も含めその活動は幅広く、マスコミでもたびたび取り上げられている。著書に『性依存症の治療』『性依存症のリアル』『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』『「小児性愛」という病——それは、愛ではない』がある。

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