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桜木紫乃×オザワミカ いつか母に忘れられ、やがて子を忘れる母になる――絵本『いつかあなたをわすれても』刊行記念対談

父でもなく息子でもない、母と娘の物語として

オザワ 昔、「嫁姑関係よりしんどい母と娘の関係」という特集の挿絵を描いたことがあって。そのとき、母と娘って、やっぱりちょっと特別だなって思ったんですよね。嫁姑は、遠慮が働くところがあるし、嫌なことがあったとしても最終的には他人だからと割り切れる。でも、血がつながった母と娘は手加減がないので、逆にやっかい。

桜木 本当にそう。

オザワ 『いつかあなたをわすれても』は、母と娘の間のやっかいなものを全部手放せるような手助けというか、視点をくれるツールでもあると思って。

桜木 この絵本にも書いたのだけど、母親って、娘の幸せに少しだけやきもちを焼き、 やきもちを焼かれた娘が、今度は自分の娘に対して同じような気持ちを抱いたりする……。女3世代のやきもちの連鎖って、あるような気がします。たぶん、現実はもっと壮絶なんじゃないかと思いますが。

オザワ そうだと思います。

母と娘の間にある“やきもちの連鎖” ©️桜木紫乃 オザワミカ/集英社
母と娘の間にある“やきもちの連鎖” ©️桜木紫乃 オザワミカ/集英社

桜木 だから、あの1行で、「ああ、あれは母のやきもちだったんだ」って、気持ちが楽になる人がいたら、私たちは充分満足ですよね。

オザワ その時に気づいても気づかなくても、あの言葉が心のどこかに残っていれば、救われる気がします。

桜木 そうなの、「そんな簡単なことだったんだ」っていうね。それを、自分の中でうまいこと、ろ過したり、消化したりできる心の動きは、大人のものだろうと思うんです。だから、大人が書いた大人のための絵本ではあるんだけど。でも、やっぱり語り手を孫にして、年齢を下げたというのは、いい落とし込みだったと思います。

「忘れていいよ」というメッセージ

オザワ テーマが「忘れていいよ」だったのは、桜木さんご自身の体験がベースになっているんですよね。お母さんが桜木さんのことを忘れてしまったことが悲しくなかったと……。

桜木 親に忘れられるということは、もう娘じゃなくていいということでもあるんですよ。 私なんかは、そんな感じ。実を言うと、私は今母に対して、ただただ優しいんです。若い頃はとても、彼女と2時間も3時間も一緒にいられなかったのにね。

オザワ そうだったんですか。

桜木 そうなの。垂れ流すようにネガティブなことを言ってた人だったからね。でも、今母はいろんなことを忘れて、天使のようににこにこ笑ってるんですよ。嫌な話を聞かなくていいと思ったら、たとえ彼女が5分前のことを忘れていても、1 時間ぐらい電話で話せるんです。娘でなくなった私は、あとはもう母でいればいいんだって。

オザワ ああ、確かに。

桜木 そのうちおばあちゃんの仕事だけすればよくなるんだろうな。そして、私がいろんなことを忘れるようになって、それで楽になる人が増えればいいなと思っています。うちの娘にも、「自分の都合の悪いことを、お母さんが忘れてくれて良かった」って、そう思ってもらえたらいいなって。

オザワ ああ、そうか。そっちもありますね。親が、自分の大事な思い出を忘れてしまったと思うとすごく腹が立つけれど、自分にとって都合の悪いことも忘れてくれるなら、親子関係の仕切り直しができるという面もありますね。

桜木 そう、お互いに楽になるなら、忘れて結構だよね。今って、親を否定して楽になるみたいな風潮もあるけれど、相手のいやなところばっかり見たり思い出したりって、意外と大変よ。

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オザワミカ

愛知県出身。イラストレーター。書籍や雑誌のイラストや演劇の宣伝美術をおもに手がける。人との関わりについて考えることが好き。2010年の漫画家・江口寿史氏との2人展「reply」(リベストギャラリー創/東京吉祥寺)など展示活動多数。
2019年リボーンアートフェスティバル青木俊直展ディレクター。フリーブックレット『BOOKMARK』(金原瑞人氏発行)イラスト・デザイン担当。

桜木紫乃

桜木紫乃(さくらぎ・しの)
1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で「オール讀物」新人賞を受賞。07年に同作を収録した単行本『氷平線』を刊行。13年『ラブレス』で島清恋愛文学賞を受賞。同年、『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞し、ベストセラーとなる。他の著書に『起終点駅 ターミナル』『無垢の領域』『蛇行する月』『裸の華』『緋の河』など。20年『家族じまい』で中央公論文芸賞を受賞。21年3月刊行の、著者初の絵本『いつかあなたをわすれても』も好評を博している。

撮影/露木聡子

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