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『うまれることば、しぬことば』出版記念対談! 武田砂鉄×酒井順子「言葉は常に、栄枯盛衰」

万人に通じる「野球例え」

武田 ラジオで「野球の例えが多くてイヤだ」と言ったら、自分で使えなくなってしまいました。自分がサラリーマンだった時には、先輩たちがよく野球で例えてきました。「おまえはホームランバッタータイプじゃなくて、ヒットでつないでいくタイプだ」と言われたのですが、実際に仕事として、明日から何をやればいいのかがよくわからない。でも、何となくは分かるじゃないですか。大きなプロジェクトを動かす人がホームランタイプで、ちゃんと細かい仕事を積み重ねていくのがヒットでつなぐタイプということだと思うんですが。

酒井 私、野球例え大好きですよ。コツコツとバントヒットで進塁していくタイプです、とか。

武田 えっ、大好きですか。便利なのは分かります。傾聴することをキャッチャーに例えたり、ピンチに登場するのを代打の切り札としてみたり。でも、野球だけですよね。サッカー例えで「おまえは、サイドをかけ上がって、センタリングするタイプだから」「そんなコーナーキックじゃ駄目だ」と言われても、それこそ「何をすればいいの?」ということになってしまう。

酒井 サッカー例えを言われても分からないですしね。

武田 野球例えって、万人共通だと思われてますね。

酒井 特に昭和人にとってはグッとくる手法です。野球の例えって、戦争の例えにも通じるので、モーレツサラリーマンには特に好まれたのでしょうね。一番バッターが「斬り込み隊長」とか言われたわけじゃないですか。なにせ「読売巨人軍」なわけですから。砂鉄さんは、その辺りの感覚が嫌いなのだと思う。

武田 「イチローだって三割」、これは要注意です。イチローだって七割は失敗しているんだから、っていうやつ。

酒井 人生訓みたいな。

武田 そうです。チャレンジを恐れるな、イチローだって十本に七本は失敗しているんだと。でも、仕事で十回のうち七回失敗したら、ただただ怒られるだけじゃないですか。それでもイチローを使う。おかしな話です。

酒井 スポーツ関係で言えば、私が嫌いなのは、「気持ち」って言葉です。「あとは気持ちで」とか「気持ちで打つ」とか。

武田 どうして嫌いなんですか。

酒井 足りなかったのは気持ちだっていうのは、言い訳だから。相手の技術の方が勝っていることを「気持ちが足りない」と言ってしまう感覚には、特攻隊的な感覚の残滓ざんしを感じます。

武田 手厳しいですね。酒井さんの『うまれることば、しぬことば』では、スポーツ選手のインタビューの応対について書かれていましたが、スポーツ選手の生き方が、そのまま我々一般人の生き方にまでスライドしてきていますよね。本屋さんに行けば、スポーツ選手の本がたくさんあって、『〇〇力』などと、とにかくスポーツ選手の考え方から学ぼうってことになってます。長谷部誠選手の『心を整える。』あたりから特に強まったと思うのですが、スポーツ選手の生き方と一般人がイコールになってきた。

酒井 その辺は、男性の方が強い感覚かもしれない。女性のロールモデルがスポーツ選手、という例は少ない気がします。

武田 確かにそうですね。彼らの生き方って、なかなか特別な生き方じゃないですか。朝から晩まで、そのスポーツに集中する。五輪選手ならば4年に1度の数分に合わせてくる。その異様な努力を一般人の生活にそのまま移すって、なかなか無理があります。「野球例えに警戒しよう」というのは、その特別性ともリンクすると思います。

酒井 勝ち負けが関係してくるところで、女性と比べるとまだ仕事に生きざるを得ないケースが多い男性の場合、スポーツ選手の人生に自分を重ねてみたり、勝ち負けに例えてみたりするのかもしれないですね。

大学時代は水上スキー部で活躍。運動好きの「体育会気質」だという。
大学時代は水上スキー部で活躍。運動好きの「体育会気質」だという。

「世代の方言」を使って、このまま生きていく

武田 「これは個人的な考えなのですが」「皆さんは違うかもしれませんが」といった断り書きの言葉が、この先、もっと増えていくと思います。だからこそ、なるべく自分の文章や話す言葉にこの手の断り書きを入れないようにしたいなと思っています。入れる必要に迫られる場合もあるので、そこが難しいんですけれど。

酒井 若者はどんどん個人主義的になっていくのかと思いきや、実はそうではない。同調圧力も強いし、目立たないようにしようという気持ちも強くなっているという一種の逆戻り現象も見えます。そこに言葉もついていっているのだとすると、大人に対しては、さっきも言った過剰なへりくだりや過剰な敬語はこれからも使用されるでしょうし、仲間うちの結束を深める符丁のような若者言葉も、どんどん生まれて来るでしょう。でも、若者は今までもずっと、同じ符丁を使う仲間同士で意識を深め合ってきたのでしょうし、これからもそのサイクルが続くのだとは思います。
自分の世代のことで言えば、例えば「けつかっちん」のようなバブル語、昭和語を使い続ける人のことを恥ずかしいと昔は思っていました。私などは、「……なのよ」とか「……だわ」といった女性語も、結構使ってしまう。それらはもうほとんど古語なわけだけれど、「世代の方言」みたいなものでもあるんですよね。方言なのだとしたら恥ずかしがる必要もないわけで、時代の証人として、使いたい言葉を使い続けるのでよいのではないかと思うようになってきました。下の世代の人もまた、順番に同じ思いをしていくでしょうし、意味が分からないのであれば「『けつかっちん』って何ですか」って聞いて、と。

武田 あるいは「ググれ」と。確かに、新しい言葉は若い人から出てくることが多い。ただただ、彼らのことを気にしすぎているだけなのかもしれません。

酒井 若い人たちの言葉に少し寄せようと思ったこともありましたが、そっちの方が恥ずかしい。今は、もうこのまま生きていこう、と思っています。

武田 このまま生きていくと。

酒井 昭和語や女性語の最後の使い手として老いていきたい。

武田 それは最近のことですか。

酒井 五十代前半ぐらいまでは、「古っ」って思われないようにしなくては、と思っていた気もするのですが。

武田 諦めというか、逆らってみるってことですか。

酒井 キリがないと思ったんです。新しい言葉は次々と出て来るわけで。

武田 年を取れば取るほど、いわゆる若いと言われる人たちからは、当然どんどん遠ざかるわけですからね。

酒井 「世代の方言」の話者であることを恥じず、あとはできるだけ飾りをそぎ落としたシンプルな言葉を使っていきたいと思います。敬語や謙譲語を正しく使おうと思うととても難しいですが、全部取っ払ってしまえば、多少ガサツに聞こえるけれど、間違えはありません。「召し上がる」も「食べる」と言ってしまえば済むわけです。最もシンプルな言葉を使うことが、ストレスを減らすことにつながるように思います。

<了>

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』など多数。
最新刊は、京都に住んでいた小野小町から新島八重までをたどる『女人京都』(小学館)。

武田砂鉄

たけだ・さてつ
1982年生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。2015年『紋切型社会』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。他の著書に『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』などがある。週刊誌、文芸誌、ファッション誌、ウェブメディアなど、さまざまな媒体で連載を執筆するほか、近年はラジオパーソナリティとしても活動の幅を広げている。

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