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『うまれることば、しぬことば』出版記念対談! 武田砂鉄×酒井順子「言葉は常に、栄枯盛衰」

短い言葉でひっくり返す痛快さ

酒井 言葉の使い方やテクニックを学んだ本やエッセイはありますか。

武田 ナンシー関さんのコラムが大好きでした。ナンシーさんのしつこさが好きで、「今週も川崎麻世だ」と読みふけっていました。芸能界の内部事情ではなく、テレビの前で感じ取ったことを書き続けていた人なので、自分の頭の中でこねくり回して、それを形にして、シニカルに刺していく文章に憧れがありました。中高時代、自転車通学だったんですが、コンビニに立ち寄ってナンシーさんが連載していた『週刊朝日』と『週刊文春』を立ち読みしていましたし、ブックオフで、ナンシーさんの昔の文庫本を買い揃えて、繰り返し読んでいましたね。

酒井 そこでこねくり芸が。

武田 こねくり芸(笑)。当時は、週刊誌のコラムが今よりももっと面白い時代、というかあれこれ入り乱れていましたよね。ナンシーさん以外も数多く読んでいました。サブカル誌でもエロ本でもモノクロページに、よく分からない人がコラムを書いていて、そういうのを読んでいました。短い言葉でひっくり返す痛快さみたいなものは、週刊誌コラムをたくさん浴びることで感じていましたね。文学作品ではなく、自分はとにかく雑誌ばかり読んでいました。

酒井 武田さんの中高生時代は、まだ雑誌文化が盛んだった頃?

武田 そうですね。中高生時代は、九〇年代半ばから後半ぐらいですから。

酒井 私も雑誌育ちです。私はエロ本を小学生時代によく立ち読みをしていたので、その手の本の隙間コラムみたいなものや、『Olive』、『POPEYE』といったマガジンハウス系の雑誌のコラム。あと、『ビックリハウス』も好きでした。知ってます?

武田 知ってます。

酒井 『ビックリハウス』や『ぴあ』の読者投稿を熟読していました。読者の投稿とか、その当時たくさん出てきた「コラムニスト」達の文章から漂う、文学作品とは全く違う軽さと新しさに夢中でした。

武田 今、ネットの記事だと、読者におもねるというか、こういう感じで書くと数字がついてくると事細かに分析できてしまいます。雑誌のコラムは、読まれることを期待しているものの、そのコラムごとにどうやって多くの人に読まれるかは考えていなかったりするので、未定着の言葉や考えが平気で出てきたと思うんです。その感じが、今、どこにあるかと言えば、なかなか見当たりにくいですよね。

祖父は新聞記者、伯母はコピーライター。多くの言葉を摂取する環境で育つ。
祖父は新聞記者、伯母はコピーライター。多くの言葉を摂取する環境で育つ。

「この年になると」は冒頭の定型文

酒井 砂鉄さんの連載で、「この年になると」という言葉について書いていらっしゃいましたね。よく使われます?

武田 使っているかもしれないですね。どういうときに使っているのかな。

酒井 「この年になると」って、気がつけば、自分もついつい年下の人の前では言いがちです。でも、言われた方からしたら「そう言われても、『この年』のことをまだ知らないしな‥‥」と困るだろうなぁ、と。でも言いたい。

武田 「この年になると」って、最初いつ使ったんでしょうね。

酒井 マイファースト「この年になると」ですか。私の場合は、三十ぐらいですかね。

武田 三十ぐらい。そこら辺から使い始めるんですかね。

酒井 「この年になると」という言葉は、君より知っていることがある、ということをちょっと言いたいわけですよね。あとは、「この年になると、もうあんまり空腹感とか感じないんだよね」とか、マイナス面を言うこともあります。

武田 となると、結構便利に使える言葉ですよね。

酒井 近寄ることもできれば、相手によって、少し上に立とうという気持ちも表現する。

武田 そのときに、暴力的に突き放すのではなくて、優しく違いを表明する感じ。「この年になると、油っぽい町中華がキツくて……」という言い方をする人に対して、遠く離れたな、とは感じない。でも、「この年になると」と言われたときに、「ところで、詳しくはお幾つなんですか?」とは聞くことはないので、発するほうも、受け止めるほうもふわっとしたまま、ある程度の差があるんだぞ、と知らせることになります。

酒井 時候の挨拶みたいなところもありますね。お天気とか桜がどうのと言った話と同じように、「この年になると」ってつい……。最近、スポーツ選手などがインタビューで連発している「そうですね」と同じような存在感かもしれません。

武田 確かにそこに何かがあるわけではないですね。

酒井 以前、砂鉄さんと「年を重ねる問題」について話したことがありましたよね。今、女性誌などでは「年をとる」ではなく、必ず「年を重ねる」という言い方をすると。

武田 していますね。

酒井 その言い方がなんだか好きではないので、一人で「年をとる」と書き続けることによって密かな抵抗運動をしています。

武田 どういう気持ち悪さを感じるんですか。

酒井 まずは、「重ねる」という縁起の良い言葉を使うことによって、年を取ることの現実を巧妙に隠していますよね。年を取ることを本当に素晴らしいと思っているのだったら、わざわざ「重ねる」と言い換えなくてもいいと思うんです。ただ、面と向かって「酒井さん、年を取りましたね」と言われたら、それはそれでムッとすると思うのですが。

武田 でも、「いやー、酒井さん、いい年の重ね方をしていますね」って、これもまたむかつきますよね。

酒井 ですね! 扱いは難しいわけですが。

武田 年を取る行為に対しては、外から何も言いようがない。ラジオ番組で、年上の相手に対して、確かな気持ちはあるけど、それをざっくりとした褒め言葉として投げたいとき、「おきれい」「お若い」は違う。そのとき、一番便利なのが「すてき」という言葉です。「すてき」が、おおよそ包んでくれるというか。

酒井 「すてきな年の取り方をしていますね」ですか。

武田 「すてき」の後に「年の取り方」をつけた途端に何だか……。「その洋服」の後に「かわいいですね」だと、ちょっと気持ち悪い。「似合いますね」というのも、そう言うお前は何様なんだっていう。

酒井 似合うかどうかを判断されたくない、と。

武田 判断しているのがどうも。なので、ここでも「すてきですね」が登場します。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』など多数。
最新刊は、京都に住んでいた小野小町から新島八重までをたどる『女人京都』(小学館)。

武田砂鉄

たけだ・さてつ
1982年生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。2015年『紋切型社会』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。他の著書に『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』などがある。週刊誌、文芸誌、ファッション誌、ウェブメディアなど、さまざまな媒体で連載を執筆するほか、近年はラジオパーソナリティとしても活動の幅を広げている。

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