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『うまれることば、しぬことば』出版記念対談! 武田砂鉄×酒井順子「言葉は常に、栄枯盛衰」

使われすぎると消費される流行語

「青春と読書」(集英社)で連載中の「父ではありませんが」も話題。
「青春と読書」(集英社)で連載中の「父ではありませんが」も話題。

武田 最近よく議論されるのが「させていただく」問題です。専門書も出ていますが、「させていただく」はどう捉えていますか。

酒井 後輩から来るメールなどの文章を見ると、一つの文に「させていただく」が何か所も出てきます。体育会の部の現役学生ですから、先輩に怒られてはいけないという頭がすごく強い中で文章を書いているので、とにかくへりくだりまくる。他の部分でも過剰敬語気味で、一々「日頃は御指導・御支援をいただき誠にありがとうございます」云々という定型文をつけないと文章が始まらない感じを見ても、大人から文句をつけられないような文章にしなくてはいけないというプレッシャーが強いのだろうなと感じます。

武田 用法的には間違っていても、とにかく敬語を重ねておけば怒られはしないだろうという姿勢の象徴というか、配慮の形を過剰にしておけばいいはず、みたいな感じですよね。「させていただく」を研究している言語学者・椎名美智さんと話したことがありますが、どんな敬語でも使われすぎると、言葉が持っていた敬意が減っていき、やがて消えていくのだと。「させていただく」もそういう衰退の道を辿るのではないか、とおっしゃっていました。

酒井 意味が摩耗しきった時、「させていただく」に代わる新たなへりくだり用語が登場するのかもしれませんね。

武田 今、「させていただく」の使い方に違和感を覚えて、過剰に使われているなと感じるのは、まだまだその言葉に敬意を感じているからなのでしょう。だからこそ「これはおかしいだろ」と思うわけですが、「させていただく」が連発されると、それもなくなってしまうのかもしれません。

酒井 「させていただく」が、一種の流行語のようになってしまったところもありますね。流行語もまた、頻用されすぎてどんどん意味が消費されて、やがて死んでいく。

武田 そうですね。

友達が酒井さんのエッセイを「Olive」編集部に送ったことがきっかけとなり、16歳で文筆の世界へ。
友達が酒井さんのエッセイを「Olive」編集部に送ったことがきっかけとなり、16歳で文筆の世界へ。

生育環境と言葉の習得

酒井 砂鉄さんのご両親も、本がお好きだったんですか。

武田 両親はそれほどではありませんでしたが、母方の伯母と二人で住んでいた祖母の家には、たくさん本がありました。伯母が広告代理店でコピーライターをやっていたこともあり、いろいろな本を読むよう薦められました。

酒井 そこに遊びに行って読んだりとか?

武田 そうです。うちの兄が赤川次郎を読んでいたら、「赤川次郎なんて読んでいないで別のを読みなさい」と言われていたのを覚えていますね。

酒井 え、怒られた?

武田 「そんな簡単なもの、読むんじゃない」って。兄は「赤川次郎だって面白いんだ!」って言ってましたが。確かに面白いですけどね。

酒井 エロいものを読んでいて怒られるっていうのはありますけど……。

武田 子供の頃から多くの言葉を摂取する環境にはありました。祖母の家は下町にあって、新聞記者だった祖父はもう亡くなっていましたが、長い間この場所で、そして、マスコミ稼業をやってきた、というプライドもあったのかなと。

酒井 皆さん言葉系のお仕事についていらっしゃったんですね。作家の方々を見ていると、お父さんが作家だったり、出版社勤務だったりする方が多い気がします。読む習慣、書く習慣というのは、環境が左右する部分が多いのかも。

武田 結果的とはいえ、そうなんでしょうね。

酒井 家に本があるかないか、みんなが本を読む習慣があるかどうかが大切で、プロ野球選手と比べると、ずっと世襲率が高いですよね。

武田 幼少期に使っている言葉に対して、「えっ、それ、ちょっと待って」といちいち止まる家と、そうならない家があって、自分の家は、いちいち止まって修正されていく家だったのかも。

酒井 今であれば、「やべえ」をスルーする家と、「やべえ」はやめろと言う、もしくは「やべえ」の由来を説明した上で使わせる家がありそうです。

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新刊紹介

武田砂鉄

たけだ・さてつ
1982年生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。2015年『紋切型社会』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。他の著書に『日本の気配』『わかりやすさの罪』『偉い人ほどすぐ逃げる』『マチズモを削り取れ』『べつに怒ってない』『今日拾った言葉たち』などがある。週刊誌、文芸誌、ファッション誌、ウェブメディアなど、さまざまな媒体で連載を執筆するほか、近年はラジオパーソナリティとしても活動の幅を広げている。

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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