よみタイ

食費だけで14万! 準備万端で挑んだはずの「サハラ砂漠1000kmレース」で待ち受けていた最悪のトラブル

何時間もの孤独、そして、ひどい腹痛との戦い

 20時から漆黒の闇の中を進む。4時間ほど横になっていたおかげでなんとか歩けるまでに回復したが、順位は最下位になってしまった。5人で前の選手たちの足跡を探し、たどりながら進む。理由を聞くと、「上位選手はコース取りがうまいから、足跡をたどるのが早くて正解だ」ということだった。チームで進んだかいあって、ゆっくりだが着実に前へ進んだ。

 午前1時半。60キロ地点のチェックポイント3に到着。テントに入ると何人かの選手が雑魚寝していた。テーブルには、残り物のパンとシチューとオレンジがあった。全快ではないものの食欲も少しでてきた僕は、まともな食べ物を補給することができた。その後、1時間半だけ仮眠をとり再出発。疲労しきっていたが、出遅れた分を取り戻そうと暗闇の中をひとり歩き始める。

 仮眠のおかげでゆっくりと走れるようになっていた。前方から砂嵐が舞うが、それは想定済みだ。準備していた透明サングラスで夜間でも目を痛めることなく進む。
 だが同時に想定外のこともある。風のせいで先行する選手の足跡が消えてしまうのだ。進んでも進んでも真っ暗で景色は変わらない。GPSが示す通りに行けば砂丘にぶつかる。ラクダらしき動物の骨に遭遇する。とても走るところじゃない場所が現れる。まわりを見渡しても道というものがないため、GPSと自分の勘で突き進んでいくしかない。もしこのGPSが間違っていたら、もし暗闇の先に大きな崖があったら、そんなことを考えてしまうほどひとりきりの闇は心を不安定にさせる。 
 しかし、人間は孤独を強く感じる経験があるからこそ、まわりの人のありがたさを感じることができ、感謝の気持ちを忘れずに生きることができるのだ。孤独は〝大切なものを気づかせてくれる大切なもの〞でもあるのだ。

 夜明けまで何時間もの間、孤独と戦い続けた。夜が明けると、地平線の彼方より光輝く朝日が昇ってきた。

「綺麗やなぁ……」

 思わず口から言葉があふれる。太陽の力と偉大さを感じた。思えば初めての「ゴビ・マーチ」から、いつもいつも弱ったときには太陽にパワーをもらっている。太陽に感謝する。

 だがその感謝は続かない。陽が昇っていくと、ジリジリと暑さが増し今度はすぐ恨みたくなる存在になるのだ。
 1日目のように倒れないようペースを調整し、水を有効に使い、木かげを見つけては休む。それでも日中は脱水になり熱中症気味になる。チェックポイントに着いても食事をとる気にならず、ついつい冷たい水分ばかり摂ってしまう。そのせいで内臓が弱り、気持ち悪さは悪化していった。それでもなんとか、3日目の24時前、200キロのチェックポイント10までたどり着いた。

 空腹なのに、食欲は湧かない。疲れ切った体は固形物を食べる力をもたない。
 現地スタッフから温かいスープを差し出された。「これならいけそうだ。栄養も摂れるだろう」と思いスープだけを飲んで眠った。するとひと眠りした後に、内臓がちぎれそうになるほど、ひどい腹痛で目を覚ます。

 ほどなく強烈な便意をもよおす。テントを出て何もない砂漠で用を済ます。ひどい下痢になっていた。おそらくスープに入っていた食材にあたったのだろう。出し切ったおかげで腹部のハリは少し落ち着いたが、痛みは治らない。とても出発できそうもない。再び2時間ほど眠りについた。

 朝を迎えると体調はさらに悪化していた。頭痛もやってきた。少しでも状態を緩和させるべく鎮痛剤、下痢止め、胃薬を飲んだ。そして、「病は気から」と自分に言い聞かせ、少しでも前進しながら自然治癒で回復させることにした。

 しかし気持ちで回復するわけはない。下痢は一向におさまらず、5日目が終わるまでの2日間、1日に5回も6回も用を足す。ただでさえエネルギーが足りなくなるのに下痢で消費されていく。体はやせ細っていき、みるみるうちに栄養失調状態になっていった。体に力は入らず、太ももが麻痺してくる。明らかに筋肉は壊れていった。もう歩くことすらつらい。なんとかしないといけない。
 まずは食欲の回復だと思い、あらゆることを試みた。暑くて倒れそうな中でも、温かい飲み物しか飲まないようにした。走ったままチェックポイントに着くと疲れ切った状態ではすぐに食事がとれなかったので、2キロ前からは走るのをやめて歩き、内臓の振動を抑えることにした。リュックのベルトも緩めて圧迫負担も減らした。休憩時に一気に水分を摂らないようチェックポイント到着の30分〜1時間前にあらかじめ水分を多めに摂っておくことにした。食事前に歯磨きをし味覚をリフレッシュすることにした。そんな細かなことを体調が戻るまで積み重ね続けていった。

(以下、次回に続く)

念入りな準備をしてきたにもかかわらず、熱中症、そしてひどい腹痛と、立て続けにトラブルに見舞われ、レース前半で、すでに満身創痍の北田さん。
しかし、ゴールまでには、さらなる試練が待ち受けていたのです……。
次回「レース後半・命がけのゴール」編は、1月22日(金)公開予定です! お楽しみに!

サハラ砂漠1000kmマラソンのダイジェスト動画もチェック!

過酷すぎる挑戦と挫折、そして成長の記録!

「賞金なし!」「すべて自己責任!」「舞台は、砂漠、荒野、山岳、氷雪、ジャングル!」……そんな世界でもっとも過酷なレース「アドベンチャーマラソン」。日本唯一のプロアドベンチャーランナーとして『情熱大陸』などでも特集され、ここに人生のすべてをかける北田雄夫さんの挑戦と挫折と成長の日々をつづるノンフィクション。

2014~19年までで参加したレースの合計は、なんと、総走行距離5332㎞! 総時間1420時間! 総費用1280万円! 気温差75℃!
貧⾎持ちで小心者、暑さ寒さに弱く⻑距離⾛も苦⼿――そう自認する北田さんは、なぜ「日本人初の7大陸レース走破」を達成することができたのか。そして、なぜその後も更なる極限に挑み続けるのか……!?

書籍『地球のはしからはしまで走って考えたこと』の詳細はこちらから

1 2 3 4 5

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

北田雄夫

きただ・たかお
1984年生まれ、大阪府堺市出身。中学から陸上を始め、近畿大学3年時に4×400メートルリレーで日本選手権3位。
就職後は一度、競技から離れるも「自分の可能性に挑戦したい!」と再び競技を始める。
2014年、30歳からアドベンチャーマラソンに参戦。
17年、日本人として初めて「世界7大陸アドベンチャーマラソン走破」を達成。
現在は「世界4大極地の最高峰レース走破」にチャレンジ中。

週間ランキング 今読まれているホットな記事