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絶対にマネしてはいけない! サハラ砂漠1000kmマラソンに挑む男が試みた壮絶な「人体実験」

砂漠の最高峰レース「ラ・ワンサウザンド」へ出発

 レースに戻る。

 10月30日。日本を出発してヘルシンキ経由でパリへと向かう……はずが関西国際空港で早速ナイフを没収されてしまった。預ける荷物に入れないとダメなのだが、手荷物に入れてしまっていたのだ。
 過去10回以上も同じ経験をしていて、「ザ・トラック」のときにも失敗したのにまさかの同じミス。ナイフはレースの参加で必須条件となる装備なので、パリで調達するはめになった。……何をやっているんだ。

 11月2日。主催者であるフランス人、アランと会った。白髪まじりの75歳のおじいさんだが、身長は180センチもあり手も大きい。とても75歳とは思えないエネルギッシュな方だ。
 よくよく聞けば、なんと1995年に自動車レースで世界的に有名なパリ・ダカールラリーのコース7000キロを、187日で単独踏破した経験があるとのこと。気温50℃の砂漠をひとりで進むため、水65リットル、デーツ20キロを乗せた総重量150キロのリヤカーをずっとひいたのだとか。超ウルトラ・レジェンドだ。

 顔見知りもいた。「ザ・トラック」で一緒に走ったドイツ人の40代女性ランナー、ブリジッドだ。大手ソフトウェアメーカーに勤務している彼女は、オマーンのワヒバ砂漠で行われる300キロノンストップレースや、ニュージーランドの高原を走る7ステージ323キロレースなど世界でもひと握りの人間しか知らないような秘境のレースに数多く参加している。ランニング自体は得意ではないようだが、途中でリタイアになる可能性があろうがいつも果敢にチャンンジしている姿が本当にカッコいい女性だ。

 他にふたり、初対面だが仲良く話してくれた選手がいた。
 ひとり目はフランス人の50代男性、マレック。身長185センチを超えるスキンヘッドの彼は真っ黒のサングラスをかけている。言葉は悪いが、まるでマフィアのような風貌だったが、幼く見えるアジア人の僕を気にして声をかけてくれた。話をすると、ニコニコとやさしい男性で、砂漠でのレースは初めてのようだった。彼もまた自分の限界に挑戦すべく参加したのだという。
 もうひとりが同じくフランス人の50代男性、ティエリー。恰幅の良い体型で、自信にあふれた表情をしており、百戦錬磨のような雰囲気が漂っていた。後に知ることになるのだが、ピレネー山脈横断の自主レースにも参加しており、彼はなんと13日でゴールしていた。つまり、僕より5日も早く踏破していたのだ。さらに砂漠でも寒冷地でも山でも、数々のレースをトップ成績で走破していた超人だった。

 そして今回、僕には同行者がいた。カメラマンの大和田たすくくんだ。
 2012年に高校の友人を通じて知り合った2歳下の真面目な青年で岩手出身、関西人とはまた違った面白さのある愛されキャラだった。東京の「起業家ホットライン」という経営を学ぶ寺子屋のような講座に通っており、その後、僕も定期的にそこに通うようになった。まわりはバリバリの経営者ばかり。自分でビジネスをしたことのなかった僕たちふたりには講義を聞いているだけで頭から煙が上がるほどレベルが高かった。僕は授業中に質問されても答えられないので居心地の悪い空間ではあったが、「居心地が悪いからこそ通い続ける」と思い、毎月夜行バスで大阪と東京を往復しながらビジネスの勉強をした。そんなこともあり、僕が東京に行くたびに「いつか何か一緒に取り組みたいね!」と熱く語り合う仲となった。

 出会ってから7年後にそれが実現した。昨年末に参加したレース「Tuscobia Winter Ultra(タスコビア・ウインター・ウルトラ)」だ。アメリカの氷雪地帯、マイナス15℃を下回る中、256キロを制限時間65時間ノンストップで競うこのレースで、ムービーを撮りたい彼と、自撮りではなくプロとしてきちんとした映像や写真を残したい僕の思いが重なり、帯同してもらったのだ。
 大和田くんはプロのカメラマンではない。ソフトウェア開発の会社で働くサラリーマンで、これまでレース撮影に関わったこともない。さらに海外経験もほとんどない。あるのはガッツのみ。極寒地を走る僕を撮影ポイントで待ち構え、時に並走もして撮影する。僕が過ぎ去ったあとは、慣れない左ハンドルのレンタカーに乗り込んで次のポイントへ先回り。それを65時間、ひとりで行うのだ。いくら車での移動とはいえ慣れない海外、そして極寒の極地だ。危険も多い。
 今では「いきなり無茶なことしたよなぁ」とふたりで笑い合うのだが、彼のおかげで、これまでにないクオリティで映像を残すことができた。レースも制限時間の4分前にギリギリ滑り込んで完走できたのだった。

 そんな大和田くんが「ラ・ワンサウザンド」にも付き合ってくれたのだ。
 今回は極寒から酷暑の砂漠。しかもアフリカ。勝手が全く異なる。感染症のリスクもあるので予防注射を5本打ち、熱中症や体調不良のリスクも抱えながら過ごす。移動はスタッフの車で行うことになったが、僕以上に英語のできない彼は、スタッフとどうにかコミュニケーションをとらなければならない。さらにカメラは砂に弱く、故障する可能性が高いため、専門的な知識も必要となる。
 そこで、「情熱大陸」でお世話になったカメラマン高橋秀典さんに紹介してもらい、世界中の極地撮影を得意としている「EAT」の鴇田晴海ときたはるみさんにお会いさせていただいた。鴇田さんはサハラ砂漠での撮影経験も豊富で、一から十まで学ばせてもらった。そればかりか「SONY」にも繫いでもらい、極地レースでも使えるアクションカム4台を始め、特殊防塵ぼうじんカメラ、衛星通信機器なども貸与していただくこととなった。本当にありがたかった。大和田くんが自腹で買った約20万円のドローンを加えて、撮影に挑んでくれることとなった。
 自分のチャレンジがまわりに波紋を投げかけ、人の縁を繫ぎ、力を合わせる仲間となっていっている。お金や時間は二の次にしてでも、僕の理想を具現化する手伝いをしてもらえるなんて……。その気持ちを思うだけで、嬉しさで胸がいっぱいになる。

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新刊紹介

北田雄夫

きただ・たかお
1984年生まれ、大阪府堺市出身。中学から陸上を始め、近畿大学3年時に4×400メートルリレーで日本選手権3位。
就職後は一度、競技から離れるも「自分の可能性に挑戦したい!」と再び競技を始める。
2014年、30歳からアドベンチャーマラソンに参戦。
17年、日本人として初めて「世界7大陸アドベンチャーマラソン走破」を達成。
現在は「世界4大極地の最高峰レース走破」にチャレンジ中。

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