2022.3.21
流しの大工だった父親が教えてくれた、あえて会社を持たない生き方
「そこそこ」の起業を考えてみよう
さて、私が専門とする企業家研究では、2010年代前後からライフスタイル企業家(life style entrepreneurship)という新概念が注目を集めています。売上をどんどん拡大していって将来的には上場して億万長者になる、といったITバブル以後の企業家像へのアンチテーゼとして、生活の質の向上を動機として自分の獲得したスキルや趣味を基盤として低投資でそこそこの(でも家族が楽しく生活するには十分な)収入を得ることを目的とした起業を奨励する概念です。
投資家やベンチャーキャピタル、取引先やお客さま、更には行政組織の都合に振り回されてまで、億万長者を目指す企業家という生き方は、彼自身を不幸にしているだけなのではないか。
好きなことに専念したいから、会社に支配される生活を送りたくないから起業したんじゃないの? それなのに、「成長」とか「進化」とかを盾に「いらないリスク」を背負わされ、「やりたくないこと」を強制される働き方をするなんて馬鹿らしいじゃないか。
企業家なんか目指したこともない!というあなたにも、関係ない話ではありません。「働き方改革」の名のもとで、せっかく増えた休日を、「自己研鑽」のために資格取得やビジネススクールでの勉強に費やしたりしていませんか? イマドキのイケてる、意識の高いビジネスマンの典型的な日常生活です。
ところが、イケてると思って日夜励んでいるその勉強、実はお勤め先の企業にとってメリットがあるだけで、あなたの日常的な「幸せ」のために役に立っていないんじゃないですか?
英語力を身に着けビジネススクールで学位を取れば、給与の高い外資系企業に転職できる? 外資系企業はだいたい契約制ですから、毎年クビになるのにビクビクしつつ、ノルマをクリアするために馬車馬のように働かされる未来が待っていますが、それでいいですか?
会社の成長が、自分の幸せにつながる? もう数十年前から簡単にリストラされる時代になってしまったのに、本気でそんなこと言っているんですか?
ライフスタイル企業家という概念は、新自由主義が当たり前になった社会で当然のごとく受け入れられている、「イケてる」ビジネスマン像に対して、会社に頼らず、振り回されず、搾取されない、解放された新しい生き方・働き方を模索するために提唱されました。
ライフスタイル企業家に関する研究を読み漁っているうちに、気付かされました。時代が私の父親に追いついていたのです。
確かに、年商数十億、数百億の会社を作るためにはいろいろなリスクと面倒事を背負って、馬車馬のように働かなきゃいけません。それで目のくらむようなお金を手にして初めて見られる世界もあるでしょう。そういう生き方も否定はしませんが、それが企業家という生き方の全てだと考えるのは、間違いではないでしょうか。
他方で、家族4人を養うのに十分な収入、例えば年収1000万円クラスの稼ぎを目指すのであれば、好きなことだけやっていても実現可能だったりします。なんなら、勤務先を辞める必要すらない。自分の趣味や、これまでの仕事で培ってきたスキルや人脈を利用して、月にプラス5万円くらいの副収入を稼げる仕事を休日に受けるくらいの、そこそこの起業スタイルから始めてもいいかもしれない。
近年の企業家研究は、自分が楽しむための起業を、ライフスタイル企業家として肯定しています。すべての人がこの道を歩むべきだ、なんて言う気はありません。ただ、人生の中でそういう選択肢があることを知っておくだけで、だいぶこの世界でも生きやすくなるのではないでしょうか。
よく考えたら、私自身も企業家研究の研究者としていろいろな人達と出会い、インタビューをしていく中で、そういう生き方をしている人たちの姿を見落としてきました。この連載では、楽しく生きていくために、肩肘張らずに起業する、そこそこ起業という生き方を探していきたいと思います。
連載第2回は4/18(月)公開予定です。
