2025.10.15
獣医からの心ないひと言に私とコーダは…【サーフィン犬 コーダが教えてくれたこと 第2回】
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コーダのせいで祖母が入院…家族からもついに最後通告が
コーダは何かを教えたら飲み込みが早く、ボール投げなどの遊びのノリも良く体力は無限でしたし、撮影の仕事も得意だったのですが、日常の問題行動はエスカレートするばかりで、飼い主である私の悩みも深刻さを増していました。散歩中ものすごくリードを引っ張りまともに歩けない、お手入れをしようとすると咬むので足を触ったりブラッシングができない、興奮して私にも家族にも飛びつく、留守番では10時間以上鳴き続け、フローリングと扉を爪と歯で掘って破壊してしまう…など。コーダの体が小さかった頃はあまり気にならなかったのですが、体が大きくなるにつれてどんどん手を焼くようになってきました。
――これはもう「しつけしなきゃ!」と、私はコーダにどんどん厳しく接するようになっていきました。何かやらかすたびに「ダメ!」ときつく叱り、コーダを力で抑えようとしましたが全然直らず、ある日ついに、コーダが祖母に飛びついて転ばせ、祖母を入院させてしまったのです。
家族にまで「今すぐこの馬鹿犬をなんとかしろ!」と言われどうにもならなくなり、コーダのしつけのために、近所の人に紹介してもらったプロのドッグトレーナーのNさんが家に来ることになりました。犬育てがうまくいっていない自分にとって、ドッグトレーナーは雲の上の人ような存在。しかも海外でトレーナーの勉強をしてきたと聞き、すごい人に違いないからコーダはもう大丈夫、とその時は思いました。
まず、Nさんによると「飼い主(私)が頼りないので犬(コーダ)が自分のことを群れのリーダーだと勘違いしてしまっている」とのことです。家族の中で地位が一番下なのは犬でなければならないところ、コーダは自分が群れ(家族)のリーダーだと思ってしまう「アルファシンドローム(権勢症候群)」なのだと言われました。
今すぐ訓練しないと間に合わないから、今日からコーダを訓練所で数カ月預かる、費用はいくらいくら…という話をされました。「訓練に出ていた犬」は何かカッコ良さそう…とは一瞬思いましたが、訓練で数ヶ月もコーダに会えないなんて私には耐えられなかったし、費用も想像以上に高額だったため、預かる代わりに、週に1度の通いでコーダを訓練してもらうことにしました。「家庭にいると甘えてしまうし、一貫性がなくなるからしつけは入りにくいですよ」と念を押されましたが、「一貫性を持たせて接していきます」と宣言して、何とかコーダが連れて行かれるのを阻止しました。
13年前の日本のざんねんな「犬のしつけ事情」
プロのドッグトレーナーによる週に一度の訓練が始まると、私の想像とは違って実技は一切なく、2~3時間家に滞在してお茶を飲んでお菓子を食べて、厳しくできない飼い主(私)を説教していくだけ。「◯◯ができないんです」という私の相談にも「それは飼い主(私)の責任」と怒られるだけでした。引っ張り癖にはチョークチェーン(犬が従わない場合に強く引き、首を絞めて嫌悪刺激を与える金属製の首輪状の道具)をつけて、引っ張ったら首を締めて痛みとショックを与えること、要求鳴きには犬が嫌う大きな音を出して黙らせること、咬まれたら革手袋をはめて犬がオエっとなるまで口に指を突っ込むこと、犬の目線が人の頭よりも上にならないように、飛びつきがあったら犬の体をひっくり返して羽交い締めにすること…などを(実技ではなく)人形を使って指導されました。
その方法は、どれもこれも暴力な気がして「可哀想でできません」と私が言うと、「これはしつけで暴力ではありません。犬は元々オオカミなんだから人間の言葉で言ってもわからない。これは狼のリーダーが群れを統率する(正しい)やり方だ」と言うのです。今思えば当然なのですが、毎週来てもらっても全く改善は見られませんでした。ある日、挙句の果てにNさんから「咬み犬は殺処分だから!」と言われた時、ついに私の堪忍袋の尾は切れ、次の瞬間「もう次から来なくて良いです」という言葉が口をついていました。プロのドッグトレーナーが毎週高いお金をもらってお茶して帰るだけなら、私にだってできるのでは? それに、コーダを殺処分と言うなら、先に私があなたを処分するよ、と心の中で悪態をつきながら…。
実際、モデルオーディションのためにオスワリ、フセ、オイデ、マテをコーダに教えたのは私です。動作が出来たらほめて食べ物をあげていました。素人ながら、うすうす「犬は叱るよりほめた方が良いのではないか」とは思っていたのですが、コーダがまだ幼かった13年前頃の日本では、「犬は人間に従わせるもの」「ほめるのではなく(体罰も含めて)叱って従わせるもの」という考え方が主流でした。そこで、ネットでの検索方法を変え、日本語だけではなく英語でも「犬 しつけ ほめて教えるスクール」「犬 なぜ噛む」などと調べてみることにしたところから、少しずつ進むべき方向が見えてきました。どうやら、ヨーロッパの一部の国やアメリカなど、動物先進国と言われる国では当時から「犬はほめて教える」のが主流のようでした。
もっとお互いわかり合うために。コーダを迎えて1年半後、私は本格的にドッグトレーニングを学び始めました。

【ドッグトレーナー浅野のWANコラム-2-】
「犬は狼の子孫だから、群れのリーダーが必要?」
犬のアルファシンドローム(権勢症候群)は、かつて日本ではよく言われたことですが、そのような症例は実は存在しません。およそ13年前、とあるドッグトレーナーにコーダは「自分が家族という“群れ”の中で一番偉いと思い込み、飼い主に従わない犬=アルファシンドロームという精神的疾患」だと「診断」されましたが、そもそもトレーナーは獣医ではありませんし、犬は確かに狼を祖先としていますが、はるか一万五千年以上も前に家畜化され、人の手により「イエイヌ」という狼とは別の種類の動物に進化した、と考えた方が自然です。因みに、狼は群れで生活しますが、あくまで狩りをしたり縄張りを守る上で協力し合うためのお父さん、お母さん、子供たち、親戚の血縁関係の家族群であって、特定のリーダーがいて支配しているのではありません。一方、犬は、前述した通り、一万五千年以上も前に家畜化され「イエイヌ」という、狼とは別の種類の動物に人の手により進化していったため、そもそも、狼のように群れることはなく、単独で人間と共に暮らすか、あるいは人間の集落の近くに住み残飯を漁ったり小動物を狩って生きる動物なのです。そんな単独行動の「イエイヌ」には、もちろん上下関係は必要ありません。このような事実から、人間と犬が幸せに暮らすために目指すべき関係性は、かつての「叱って従わせるような主従関係」ではなく、「失敗を予防し望ましい行動をほめて教え、犬が人間社会で暮らしやすいような管理とケアを提供し導いていくことで築かれる信頼関係」なのではないかと思います。
次回、連載第3回は11/19(水)公開予定です
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