根性論や精神論だけで乗り越えられる問題ではない

　僕自身も耳をふさいで座り込みたい気持ちでいっぱいだが、このように事態の深刻さに気づいたとしても、われわれ、「パートナーの写真を撮るのが下手な男」勢が真の絶望に直面するのはここからである。

　では、どのように愛する人の写真を撮ればいいのか、という絶望である。直接パートナーに問うてみるのも、もちろん有効な対策であろう。むしろ誠実とさえいえるかもしれない。ただ、この問題の機微はそのような短絡的なソリューションを望まないところにある。たとえば、あなたが「どんなふうに撮ればいい？教えて」とパートナーに問うたなら、なんだか不満そうな顔で次のような答えが返ってくるかもしれない。

「写真の下手さを指摘するのも自意識過剰みたいでいやだ」「私が言わないでも良い感じに撮ってくれることが大事なのであって、自分であれこれ指示して撮ってもらうことが望みではない」

　たとえば、自分自身で問題提起をして、手取り足取り指導して、一から十まで段取りを整えて、「さあ、いま！ここ！この角度から撮って！」と指示をする。その結果として「盛れてる自分」の写真を与えられても「意味がない」のである。たしかに、いつもの彼氏が撮る写真よりは見栄えの良い自分の写真は手元に残る。これはこれで無いよりはマシだろう。でも、本当に欲しかったものはなんだかこれじゃなかった気がする……というモヤモヤである。

　プレゼントを自分で買って彼氏から自分に渡してもらうようなものというべきか。たとえば自分へのプレゼントはもちろん自立と自由をかみしめる素敵なものだが、それはそうとして恋人からもらうプレゼントとは別の傷につける別の薬なのである。世の中には他者から与えられなくては効かない薬もあるのだ。

　これもまた「彼氏の写真が下手」問題が、実は自意識と承認を巡る問題であるからこその機微なのだろう。人間の幸せとはこんなにも繊細なものかとため息がでる。

　そうはいっても、そこで行われるのは技術の実践である。根性論や精神論だけで乗り越えられる問題ではない。自前のセンスでは撮れない、パートナーからの指示も問題の根本解決にならないなら、われわれに必要なのは具体的な技術と訓練である。

　たとえば、数年前に話題になったショートムービーがある。映画『シャンチー』(2021)でマーベル初のアジア系ヒーローを演じることになるシム・リウが主演しているとして一部で話題になった『インスタ彼氏（”How to be an Instagram Boyfriend”）』（2019）である。内容は原題のとおり、インスタ映えする恋人の写真を撮るために集まった男たちの、まるで『ファイトクラブ』（1999）のような“タフ”なワークショップだ。

　この「彼氏の写真が下手」問題が洋の東西を問わない普遍的なものであると知ることができるし、またその解決に必要なことは、具体的な写真技術、相手の呼吸を読むコミュニケーション術、そして何より貪欲さであることを思い知らされる。このおかげで僕はもうシム・リウといえば「ちがう！写真は“写真撮って”と言われる前に撮る！！」「全身ショットで足を切るな！！」と叱咤する姿しか思い出せない。

　プロのカメラマンに撮られる経験をすると、シャッターを切りながら常にこちらに話しかけてくれることに気づく。被写体に「いい表情」をさせるための気遣いこそがプロの技術なのだと実感するのだ。質問箱には「恋人の良い写真が撮れるということは、私はこの人にこんな顔をさせることができるということ」というような声もあった。誰かの写真を撮るということの意味、そしてそれが出来ないということの意味をつくづく考えてしまう。

　そんなことをいつものようにぶつぶつ呟いていると、また質問箱に「このポッドキャストを聴いて！」とお便りがあった。

＃9　言葉と写真のセンスはどう磨かれるのか？【ゲスト：料理家・長谷川あかり】

　話のいきがかり上で事故のように「なぜメンズはわれわれの写真をうまく撮れないのか」について熱く率直な議論が交わされることになる回である。ぜひ僕と同じ悩みを抱えている男性は正座で聴くことをお勧めする。

　そんなことで、ああ、今日もここで誰かも分からない人に大事なことを教わってしまったと思いながら質問箱を閉じる。そういえばこの「彼氏の写真が下手」というモヤモヤは、まさに誰かも分からない人間同士だからこそ聞かせてくれた愚痴かもしれない。

　写真、頑張ろうな、と僕も見知らぬ同志たちに声をかける。

（第3回・了）

　次回連載第4回は1/28（水）公開予定です。