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ホモソーシャルな恋愛の抜け出し方を、ドラマ『こっちを向いてよ向井くん』に学ぶ【平成しくじり男 第5回】

私小説『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』で注目を集めたの山下素童の新連載がスタート!
「平成」という時代に生まれ育った男たちが苦境に立たされている──彼らはなぜ"しくじって"しまうのか?

前回は、山下さんが中学時代に見たアダルトビデオの影響を語りました。
今回は、ドラマ『こっちを向いてよ向井くん』第一話を読み解くことから、〈しくじり男〉がどう生きるべきかを考えます。
イメージ画像:写真AC
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どのように平成しくじり男の恋愛を終わらせようとしたのか?

「平成しくじり男」というタイトルでこの連載をしているが、平成の時代にはまさに、しくじり男が主人公の恋愛物語が多くあったように思う。

漫画を読んで育った僕からすれば、それは新井英樹の『宮本から君へ』であったり、花沢健吾の『ボーイズ・オン・ザ・ラン』であったり、久保ミツロウの『モテキ』がそうだった。3作品とも、不器用な男がしくじりながらも恋愛を通して成長していく物語だ。ドラマ化・映画化までされ幅広い層に受容されたという点においても3作品は共通している。

しかしそんな平成しくじり男の恋愛も、時代とともにひとつの終わりを迎えつつあるのではないか。

そう思わされたのは、2023年に日本テレビ系で放映された『こっち向いてよ向井くん』という、漫画原作のドラマを見たときのことだった。

『こっち向いてよ向井くん』の第1話は明確に、平成しくじり男の恋愛を終わらせるための話だったと思う。もう放送されてからしばらく経ったし、第1話くらいは存分にネタバレしてもいいと思うので、ドラマを見ていない人にもわかるよう丁寧に物語の筋を追いながら、『こっち向いてよ向井くん』の第1話がどのように平成しくじり男の恋愛を終わらせようとしたのか、見ていこう。

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「さっきここ来る前、人事で明日からうちに来る派遣の子見かけたんですけど。―(中略)― いや~マジでストライク。俺的に。あぁ誘いてぇ~」

第1話の冒頭。主人公の向井くんを含めた、同僚の男4人による職場での会話シーンから物語がはじまる。新しく入社してくる派遣社員の女の子が可愛い。男だけでいると起こりがちな、よくあるボーイズトークである。

主人公の向井くんは、Tシャツメーカー勤務の32歳。10年前に振られた元カノのことを未だに引きずっていて、ここ10年間は恋愛をしていない。

10年前に元カノのことを抱きしめながら「ずっと守ってあげたい」と伝えたとき、「守るって何から? どうやって? 守るって、なに…?」と問われ、その質問に応えられなかったから自分は振られたのだと思っている。

それから10年。給料も上がったし、仕事にも余裕が出てきたし、今の俺なら守りたいものができれば守れる男になれる、はず…。

そこにやってきたのが、冒頭のボーイズトークで噂になっていた、派遣社員の中谷真由だった。

向井くんと中谷の初めての接触は、業務中の何気ない一コマだった。向井くんがパソコン作業をしていると突然、コピー機が詰まった音がオフィスに鳴り響く。それに気づいた向井くんが音のするほうを窺うと、コピー機の前で困り果てている中谷がいた。向井くんは中谷のもとに駆け寄り、コピー機が動くように直してあげる。

その日の帰り道。向井くんが会社を出て帰路につくと、偶然にも目の前に中谷が歩いていた。向井くんは中谷に声をかけ、いつも通っているバーに一緒に行く流れになる。

2人はバーでお酒を飲みながら、仕事の話、それから、向井くんのスマホケースの裏に貼られたバンドのロゴステッカーをきっかけに、好きな音楽の話で盛り上がった。

翌日。仲良くなった向井くんと中谷が職場で話をしていると、「あれ、2人はいつの間に話す仲になったんすか?」と、冒頭のボーイズトークの中にもいた、向井くんの後輩の男である河西が2人の会話に割り込んできた。

「えっ…、なに今の?牽制された?俺が?後輩から…?」

話に割り込まれた向井くんは、後輩の河西に敵対心を抱く。

その日の仕事終わり。今度は向井君と、中谷と、河西の3人でバーに飲みにいくことになる。3人で楽しく酒を飲み、先輩である向井くんがお会計をして外に出ると、河西と中谷が自宅の方角が同じだからといって一緒のタクシーに乗り込みはじめる。河西に強引に誘われて困った表情をする中谷のことを守ろうと、向井くんは「ちょっと待ったぁっ!」と叫びながら全力疾走をし、なんとか発車前のタクシーに乗り込むことに成功する。

すっかり中谷のことを守るモードになった向井くん。それから中谷と仕事を共にするなかで、より関係が深まったと思ったタイミングで「付き合いますか」と中谷に告白をすると、

「はっ、そういうのじゃないです」

と断られ、中谷はさらに続けた。

「あの…私、河西さんとお付き合いすることになったんです」

向井くんが恋心を寄せていた中谷は、いつの間にか後輩の河西と付き合っていたのだ。

それから物語の視点は向井くんから中谷へと移り、向井くんの恋愛の答え合わせが中谷の視点からなされてゆく。

コピー機を詰まらせた中谷を向井くんが助ける直前、中谷は河西から「お顔、タイプです」とストレートに口説かれていた。中谷がコピー機を詰まらせたのは、河西に口説かれたことによる動揺だった。

3人で飲みに行ったバーで向井くんがお会計をするために席を外したとき、中谷は河西から「2人っきりでしゃべりたい」と言われ、同意したうえで2人でタクシーで帰ろうとしていた。すると「ちょっと待ったぁっ!」と向井くんが全力疾走でタクシーに乗り込んできて、2人の時間を邪魔したのだった。

『こっち向いてよ向井くん』の第1話が描いたのは、意中の派遣社員の中谷さん × 恋を妨害してくる後輩の河西 という、向井くんの頭のなかにあった構図が独りよがりなものにすぎず、実は他人の恋を妨害しているのは向井くんのほうだった、という話だった。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

X(旧Twitter)@sirotodotei

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