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「エモい」と「加害」──『モテキ』世代の30代男が派遣社員に恋をした結果、ハラスメントで職場をクビに【平成しくじり男 第1回】

かつての「エモい」が、今は「加害」

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その結末は中村にとって衝撃だったのは間違いないが、僕にとっても衝撃的なものだった。恋に不器用な人間を応援することは、必ずしもエモいことではないのだ。その不器用さゆえに苦しむ相手が存在するならば、面白半分に楽しんでいいものではないだろう。

「職場における権力関係を考慮するべきだったんじゃないか?」

振られたことを報告してきた中村に、自戒を込めてそう伝えた。年下の派遣社員の女性に告白するなんて、不適切にもほどがある。

「権力関係があるなんて思わなかったし、普通にいい感じだと思った」

中村はそう言った。どこまでも自分の気持ちにだけ正直で不器用なその姿を目にすると、やはりその向こう側に『モテキ』の幸世くんの姿を見てしまう。君は、10年遅く生まれた幸世くんなんじゃないか? 幸世くんはそこからモテ期が始まったが、中村はもう誰かと付き合うことを諦めた。

モテ期が訪れた幸世くんのほうは、その後どうなっただろうか。『モテキ』ブームの火付け役となったドラマ版の最終回は、ある種の”答え”とともに印象的なラストを迎える。
色恋沙汰になった女性たちとの思い出を振り返りながら、自転車を立ち漕ぎして路上を爆走する幸世くん。昇ってくる朝日を背景に「俺にはもうモテ期なんていらない」という心情が吐露されると、「誰かのモテキに続く!」という手書き風フォントのテロップがでかでかと画面上に浮かび上がるのだ。それは幸世くんの物語にひとつの区切りがついたことを示唆する言葉であると同時に、物語のバトンを視聴者に渡すためのメッセージでもあったはずだ。「次は君の番だぞ」と。少なくとも、僕はそう受け取った。

そのメッセージが世に放たれてから実に10年以上が経った。大学生の頃に『モテキ』を目の当たりにした僕は、物語の中の幸世くんと同世代になった。確かにバトンは受け取った。しかしそのバトンを手に走る道は、幸世くんが駆け抜けた道と同じではない。

この10年の間にコンプライアンスはどんどん厳しくなった。2020年には企業にハラスメント相談窓口の設置が義務付けられ、2023年には不同意性交等罪に「権力関係」が要件として明示的に追加された。性愛の場における権力の暴力性に対して、法的にも明確に一線が引かれたのだ。

もう恋に不器用だからといって、自分の気持ちに正直なだけの振る舞いをすることはどんどん受け入れられないものになってきている。不器用な自分の気持ちに正直でいることよりも、相手にとって誠実な行動を選択できるかどうかが強く問われる時代だ。自分と相手の立場を正しくメタ認知することができなければ、いつの間にか犯罪の加害者になってしまう、と言っても言い過ぎではないだろう。

かつてはエモいと消費されていたもののどれだけが、今は加害と認識されるだろうか。あるいは逆に、今は加害と認識されることのどれだけが、かつてはエモいと消費されていたのだろうか。

幸世くんからバトンを受け取った我々は、この変わりゆく時代をどんな風に歩むべきなのだろう。

(第1回・了)

 次回連載第2回は9/18(木)公開予定です。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

X(旧Twitter)@sirotodotei

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