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新しい推し爆誕!「God knows…」を歌う朝倉義景の娘を愛でる柴田勝家

晴れ舞台の準備に精を出す柴田勝家

 ところで戦国メイド喫茶には修行明けというシステムがある。

 新人メイドはだいたい三ヶ月くらい働くと正規のメイドさんになる。他のメイド喫茶も似たようなもので、仕事を覚えたタイミングで正式採用になる。というか業務的にも多分そう。時給もアップするはず。

 ただし、戦国メイド喫茶では修行明けが大事な区切りになる。新人メイドは途中で辞めることも多く、推そうとしても翌週にはいないなんてこともザラだ。だから修行明けを告知することは「この子はしばらく辞めませんよ、推して大丈夫ですよ」といった宣言になる。だから――。

『朝倉きょうちゃんの修行明けイベントが決まりました!』

 そんな書き出しで店のツイッターでも告知がされる。

 小さなイベントだというが、当日はメイド服も正規の仕様になり(といってもデザインは大きく変わらない。なんかフリルが増える)、これまで立てなかったステージで歌うこともできる。まさに節目となる日だ。

「かっちゃん、決まったな」

「どこから準備する?」

 イベントの告知が出ると、早速なおやてんと猫さんで集まって準備を始めることになった。なんといっても朝倉軍の最初の仕事だ。

「さすがにドンペリはやりすぎかな」

「スタンドフラワーとか出す?」

「待て待て、いきなり豪勢にするとプレッシャーになる。それに推しすぎると他の先輩メイドから嫉妬されて嫌われる可能性もある。最初は静かに、しかし品よくポイントで豪華にしよう」

 これなどは戦国時代で生きることの知恵だ。変に力を見せつけて目立とうものなら、対抗勢力から毒殺されることもあるのだ。

「じゃあ、最後に渡す花束を豪華なヤツにしようぜ!」

 うむ、と三人で納得。イベント当日の流れも確認し、寄せ書きのための色紙とサインペンも用意しておく。さらに常連さんに紹介された近くの花屋へ行き、それぞれが相応しいと思った花を選んでいく。ワシが選んだのはオレンジのガーベラとキキョウの花だ。ちょうど夏の季節だったから、珍しく入荷したのだという。

「喜んでくれればいいな」

 かくしてイベント当日、ワシら三人は花屋で花束を受け取って店へと向かう。小さなイベントだから常連客の姿もまばらだが、誰もが朝倉きょうちゃんの修行明けを祝っていた。

 イベントそのものは滞りなく進み、やがてきょうちゃんがステージに立って歌うこととなった。今まで不思議ちゃんキャラとして皆からイジられていた彼女だが、ここで初めてお客さんと真っ直ぐに向き合うのだ。

(だが、まだ機ではないな……)

 ここでワシは不安になる。夜になるにつれて店内の客は減っていった。いくら朝倉軍が三人いるとはいえ、ライブの反応次第では寂しいものになってしまうかもしれない。

「私、歌だけは自信あるんですよ!」

 以前にきょうちゃんが言っていたことだ。どこか自信のなかった彼女だが、自分の歌だけは信じているのだ。もしも、このライブの反応が悪かったら、彼女は傷ついてしまうだろうか。そんなイヤな想像をしてしまう。

 しかし、そこに彼が現れたのだ。

「へっ、やけに寂しいんじゃねーの!」

 仕事帰りなのか、頭にタオルを巻いた職人姿のまま登場した男。戦国メイド喫茶で親友となった男、たくみんだった。

「たくみん!」

「お、ちょうどライブじゃねぇか! いいぜ、湧こうぜ!」

 たくみんが現れた途端に店内が明るい雰囲気となった。きょうちゃんも笑い、いよいよライブが始まる。

「それじゃえっと、歌います。『God knows…』で!」

 店内にきょうちゃんの歌声が響く。それと共に、たくみんが奇声を張り上げてコールを送る。ワシら朝倉軍も彼と共に一所懸命にきょうちゃんのことを応援した。

「たくみん、来てくれてありがとうな」

「いいってことよ! かっちゃんも、猫もなおやも俺のダチだからよ! ダチの推しは応援するもんだぜ!」

 そして落ちサビでたくみんの背面ケチャが炸裂し、店内は大盛りあがりとなった。
「今日は、ありがとうございました!」

 きょうちゃんは歌い終え、簡単にスピーチを始める。そのタイミングでワシらは非常階段まで下がり、用意した花束や色紙を持ってくる。以前にきゃりんちゃんの卒業式で見たものと同じ光景を、今度は自分たちがメインとなって再現していく。あの時は終わりだったものが、今は新しい始まりとなっていく。

「きょうちゃん、これ」

 ワシらは並んで朝倉きょうちゃんに挨拶していく。花束を贈り、これから始まるメイド人生に幸あらんことを願う。

「勝家さん……、本当にありがとう!」

「ああ、頑張ってな」

「はい! 私、このお店の一番になります!」

 希望に満ちた笑顔があった。ワシもまた、これから彼女を推していこうと決意を新たにするのだった。

(つづく)

 次回連載第15回は6/9(木)公開予定です。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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