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生き延びるためには「強さ」が必要だと、いつの間にか思い込んでいた【第9回 家族とテーブルを囲む】

歌人の齋藤美衣さんの著作『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』は、自身が内包する「傷」を掘り下げ、その筆力もあいまって話題となりました。続けて刊行された歌集『世界を信じる』も、暮らしの中の一瞬や移ろいを清澄な言葉でとらえ好評です。
日々を過ごすなか、また、過ぎた時間のなかに、惑い途方にくれること、悔恨、屈託、解放されたこと…暮らしの断片と陰影を、歌に込め文に紡ぐ短歌エッセイです。

バナーイラスト/鈴木千佳子 本文写真/著者提供

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家族といふ詩のまんなかに欲しかつたとても大きな木のテーブルが

 大きなテーブルが欲しかった。

 学生結婚してから初めて二人で暮らした家にあったのは、わたしが一人暮らしをしていたときに使っていた、片側がパタンと折りたたみできるタイプの二人用の小さなテーブルだった。小さなアパートから鎌倉の古い一軒家に越したのを機に買ったのが、少し大きめの4人用のテーブルだった。わたしは、家族がごはん以外でもそこに集まって読書やら、書き物やら、ゲームやら、宿題やら、仕事やらできるそんなテーブルが欲しかったのだ。
 次に引っ越した逗子の家では、そんな理想を叶えてくれるもっと大きなテーブルをようやく手に入れた。がんばれば8人ぐらいが囲めるほどの大きな無垢のテーブル。それを家族5人で囲んだ日々は一体何年くらいだっただろうか。永遠に続くように思われたが、考えてみればそれは5年くらいの短い時間だった。
 大きなテーブルが欲しくて、そのテーブルを囲む家族が欲しかった。テーブルはわたしにとって「家庭」の象徴だったのだ。わたしが求めた家庭とは、今思い返してみると、自分の生まれ育った家族だった。それしか「家庭」というものを知らなかったから。わたしの育った家庭がどんなものだったのか、うまく話すことができない。わたしが見てきたことと感じてきたことはすごくアンビバレントであると思うし、それが正しいのか間違っているのかわからなくなるからだ。

わたしだけがなじめなかつた幸福なテーブルにもろい菓子をならべて

 わたしの生まれ育った家庭は、とても仲良くあたたかいものだった。今でも何かがあると家族で集まってお祝いをしたり、口に出して「愛している」と言い合い、ハグをするような関係だったからだ。わたしは両親にとても愛されて育ったと思ってきた。今でもそう思っている。ではなんなのだろうか。わたしはそこにうまくなじめない自分も同時に感じてしまうのだ。何になじめないのか、どうしてそこに違和感を感じてしまうのか、うまく言葉にすることができない。

 今これを書いているわたしの胸の中には、黒くて丸いものがつっかえている感覚がある。その感覚を生むものを、キーボードの上の両手を動かしながらなんとか言葉にしようと試みている。わたしの家族関係を思い描いたとき、そこにあったものとして真っ先に思い浮かべるのが「強さ」だ。両親は強い人たちだった。二人でおこした小さな会社を年々成長させていった。成功していった。二人は無理をして、頑張って、それらを手に入れていった。それはきっと並大抵のことではなかった。だがその「強さ」は仕事だけにとどまらなかった。それは家庭にまで持ち込まれた。

どつしりとしたテーブルについてすぐわたしはスープの味がわからない

 実家にも、大きくてどっしりとしたテーブルがあった。お酒が好きな両親は、毎晩そこで晩酌をしながら、いろんな話をした。そこで交わされた話は、世間話やどうでもいい会話ではなかった。仕事の話や社会の話、「会話」というより「ディスカッション」だった。わたしは大きなテーブルにつき、ディスカッションに加わった。家庭でどうでもいい話をしないで、有意義な議論をすることは建設的でよいことだと思っていた。
 今のわたしが感じるそのときの実家のテーブルでの日常にあったのは、やはり「強さ」だった。こうあるべきだ、こうであるのだ、自分たちはそれを努力して達成したのだというそういう強さ。こう書いていて、わたしの手は急に動かなくなる。書いていることに自信がなくなる。それは本当だろうか、思い過ごしなのではないか、そんなふうに感じているのは世界中でわたし一人だけなのではないだろうか、と。

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齋藤美衣

1976年広島県生まれ。急性骨髄性白血病で入院中の14歳の時に読んだ、俵万智の『サラダ記念日』がきっかけとなり短歌を作り始める。著書に、『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』(2024年/医学書院)、第一歌集『世界を信じる』(2024年/典々堂)がある。

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