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ライジング!
今や、当たり前にスマホで漫画を読む時代。
才能ある作家と、新しい読者をつなぐために――編集者は新たな挑戦に乗り出す!
とある出版社の漫画アプリ開発に秘められた、汗と涙と笑い(と美食)を描くお仕事小説、開幕!

前回、罠が仕掛けられたメンテナンスをすんでのところで回避した太陽たち開発チーム。ひとまず一旦、腹ごしらえだ!

小説「ライジング!」は『週刊ヤングジャンプ』公式noteでも絶賛連載中です。

※この作品はフィクションです。作中に登場する個人名・団体名等は、すべて架空のものです。

第28回 「味の記憶」で初心にかえれ! 老舗洋食店ののり弁が教えてくれること

「ライジング!」 第28回

 メンテの危機を乗り切った松田は、野島に誘われてごはんを食べに外へ出ていた。時間は十七時半。昼にご飯にしては遅すぎるし、夕ご飯には少し早い時間だ。しかも松田は気分が落ち込んで食欲が無かった。だが野島に強引に誘われ、仕方なく外に出てきたのだ。
「タイヨー、特に食べたいものの希望が無ければ〝かんきち〟に行っていいか?」
「〝かんきち〟……ああ、はい。実は僕、あそこ入ったことないんですよね」
「本当か? 珍しいヤツもいたもんだな……」
〝かんきち〟は照鋭社から徒歩三分ほどの所にある老舗の洋食屋だ。松田は店の存在はもちろん知っていたのだが、会社に近い分、他の社員に会ってしまう気がして少し避けていたのだ。
「オレたち世代の編集は訳あって定期的に行くんだがな」
「訳ってなんですか?」
「みんなにとって忘れられない思い出の味があるんだよ」
 野島はそう言って笑うと、店へと入って行った。

 店内は大衆食堂のような雰囲気で広々としており、二階もあるようだ。夜営業が始まったばかりだからか、お客さんの姿はまだない。
 お好きな席へと言われ、野島は一階の奥の席へと向かった。迷いのない足取りから察するに、いつも座る席が決まっているようだった。
 腰を落ち着けた野島は、お冷を持ってきた店員さんにすぐさま注文をした。
「B弁当で」
 今まさにメニューを開こうとしていた松田は焦った。食欲がないのでサッパリしたメニューを選ぼうと思っていたものの、あまり店員さんを待たせるのも悪い。松田はとっさに野島に乗っかることにした。
「同じので」
 さっき野島が言っていた思い出の味がB弁当なのだろう。しかし、店員さんが去っていったところで、松田には疑問がふつふつと湧いてきた。
「野島さん、弁当ってことは持ち帰りメニューなんですか?」
 この質問に野島は妙に納得したような顔をした。
「ああそうか、普通はそう思うよな。でもちがうぞ。店内メニューだ」
「じゃあなんで弁当なんですか?」
「ま、来てからのお楽しみだ」
 野島はニヤリと笑うとお冷をごくりと飲んだ。そして不意に気の抜けた表情をしたかと思うと、両腕をグッと上げて大きく伸びをした。
「あ~~、しかし昨日からの二十四時間は大変な一日だったな」
「そうですね。体感的には三か月ぐらい経ったような気がします」
「それは言い過ぎだろ」
「でも〝マンガホープ〟は立て直せそうでよかったです」
 松田の言葉に野島は顔をしかめた。
「まあな。でもEセサミが飛んだ影響は計り知れない。初日から人的リソースをトラブル処理に割かれて、本来やるべきだった宣伝活動に注力できなかった。悪評も広まったし、数か月後に予定していたバージョンアップもできないだろう。Eセサミがあんな感じだと別の開発会社に頼んで、また一からやり直しになるだろうからな。アプリが死ななかったのはせめてもの救いだが、かなりの痛手だな」
 悔しさがぶり返してきたのか、野島は指先が白くなるほどコブシを握っていた。
 そしてふっと表情を緩めて言った。
「こんな風にうまくいかないことがあった日には、なんとなく〝かんきち〟に足が向くんだよなあ」
「B弁当を食べるためにですか?」
「そういうこと」
 野島がそう言ったとき、ちょうど店員さんがやってきた。
「お待たせいたしました。B弁当です」
「おっ……おお!」
 松田は思わず声をあげた。

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志田用太朗

京都府出身。小説家。
第16回エンターブレインえんため大賞優秀賞を獲得して、2015年にデビュー。
集英社みらい文庫からは『僕らのはちゃめちゃ課外授業 一発逆転お宝バトル』シリーズなどが好評発売中。

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