よみタイ

ライジング!

第23回 人間諦めも肝心!? 最大のピンチに妻がかけてくれたひとこと

妻が伝えてきた“もう一つの一大事”

「ふぅーーー……」
 思わず大きなため息が出た。自分でも気づかぬうちに大きなストレスを感じていたのだろう。野島はいいタイミングで外へ行くよう促してくれたようだ。
 
 裏受付から外に出ると、空気はひんやりと冷たかった。四月とはいえまだまだ寒い。
 コンビニまで歩く道中にふとビルを見あげた。電気がついているのはもう、五階のフロアだけになっていた。今まさにあの場所で、部下たちが頑張っている。そう思うと、頼もしさを感じるとともに、とんでもない重圧も押し寄せてきた。
〝マンガホープ〟の動作不良の件では、きっと上からお叱りを受けるだろう。自分の評価はどうでもいいが、彼らの評価を落とすわけにはいかない。最終的には自分が盾となり、編集部員たちの生活を守らなければいけないのだ。
 小柴は大きくひとつ深呼吸をした。
 するとその時、ズボンのポケットに入れていたスマホがブルルと震えた。問題解決してくれそうな開発が見つかった、という菅からの連絡だろうか。小柴が慌ててスマホを取り出すと液晶を見た。その瞬間、小柴の頬がふっと緩んだ。

「もしもし」
『あ~ザブちゃん? 今日って遅くなるんだっけ?』
 電話の相手は妻の亜沙美あさみだった。彼女は小柴の下の名前である健三郎から一部を取り、小柴のことをザブちゃんと呼んでいた。
「今日は遅くなるよ。言ってなかったっけ?」
『聞いたかもしれないけど、思い出すより、もう一回聞いた方が早いと思って』
「なるほどね。ちなみに〝マンガホープ〟はもうダウンロードしてくれた?」
『まだ。漫画読みたくなったらダウンロードしようと思ってたけど、今日はそんな気分にならなかったなあ』
「え~。旦那が頑張って作ったアプリなんだから、ちゃんとダウンロードしてよ」
『ザブちゃんだって私が頑張って作った晩御飯食べなかったことあるじゃない。結局私たちは似たもの夫婦で、お互いに相手の頑張りなんかどうでもいいのよ。諦めましょう』
「諦める方向!?」
 結婚して十年は経つが、小柴は未だに亜沙美の言動に驚かされることがあった。独自の感性を持っている……と言えば聞こえはいいが、小柴的にはぶっ飛んでいると言ったほうがしっくりくる。そのため、会話していて飽きることがないのだ。
『そんなことより大変なの! 今年は軒先にツバメが巣を作りそうなのよ! 今日ツバメの夫婦がうちの軒先を下見に来てて、ここにしようかって会話をしてる風だったの』
「そうか。去年は来なかったもんな。一昨年と同じ夫婦かな?」
『見た目は一緒だったわよ。……ツバメの見た目なんて、どれも一緒だけど』
 亜沙美の言い草に小柴は思わず笑ってしまった。
『笑いごとじゃないわよ。巣作り始まる前にフン避けのストッパーみたいなやつ設置してね。今週末は忙しくなるわよ』

ツバメの子育ても、確かに一大事だ!
ツバメの子育ても、確かに一大事だ!

 小柴としては〝マンガホープ〟の今後のことで頭がいっぱいだったのだが、新たなミッションを与えられてしまった。それでも何故か、亜沙美と会話しているうちに、かなり心が落ち着いてきた。
「わかった。今週末はホームセンターに行こう」
 仕事以外の予定があるのは良いことだ。自分にもちゃんとプライベートがあるのだと認識できる。
『じゃーね』
 亜沙美はそれだけ言うとさっさと電話を切ってしまった。小柴は無音に戻ったスマホを耳に当てたまま「よし」と一言呟くと会社に戻って行った。気分はずいぶんと上向いている。

「戻ったぞ~!」
 元気よく編集部に戻ると、小柴の姿を見て全員が首をかしげた。代表して野島が問いかける。
「コシさん、買い出しは??」
「あ、忘れてた!」
「買い出しに行って買い物忘れるって、どういうことですか!?」
 一斉の大ブーイングに見舞われ、小柴は思わず言い訳をした。
「ほ、ほら、会社出てすぐの交差点って信号長いでしょ? だから諦めて引きかえして来ちゃったんだよ」
「確かに長いですけど、諦めて戻るほどじゃないでしょ」
「う、うるせえ! やいのやいの言うんじゃない!」
 そう言いながら踵を返すと、小柴は再び買い出しに向かうのだった。

(以下、次回に続く)

 連載小説「ライジング!」次回は6/11(金)公開予定です。お楽しみに!

1 2 3

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

志田用太朗

京都府出身。小説家。
第16回エンターブレインえんため大賞優秀賞を獲得して、2015年にデビュー。
集英社みらい文庫からは『僕らのはちゃめちゃ課外授業 一発逆転お宝バトル』シリーズなどが好評発売中。

週間ランキング 今読まれているホットな記事