よみタイ

甘い料理の代表格と言えば…知ってるようで知らない、日本の「すき焼き」ストーリー

博覧強記の料理人、美味の迷宮を東奔西走す!
日本の「おいしさ」の地域差に迫る連載。

前回は、稲田さんが感じた「特に味つけが甘いと感じる地域」について考察しました。
今回は、甘い味付けのご馳走の代表格、すき焼きについて。

和食あまから問答③甘みゼロの家系とすき焼き概史

 僕は2024年末に『ミニマル料理「和」』というレシピ本を出版しました。僕にとっては初めての、和食に特化したレシピ本です。レシピの味付けをどうするかは、かなり悩みました。前回書いた通り、和食の味付け、特に甘みに関しては、地域や家庭ごとの好みの差があまりにも大きいからです。
 最終的に、味付けは全体に薄め、そして甘みは特に控えめ、というものが中心になりました。結局自分が好きな味にするしかないと開き直ったのと、それが僕がプロとして習得した「日本料理」に近いものだったからです。その代わり、もっと濃い味や甘い味にしたい時はこうするといいですよ、という調整の仕方を、かなり丁寧に説明しました。薄い味を濃く甘くするのは可能なので、その具体的なやり方をロジカルに解説した、ということです。
 現代日本の味付けの中心軸からはややズレたそのレシピ本は、おかげさまでなかなか好評だったのですが、同時に一部からはこんな声も寄せられました。
「ウチは昔から料理にみりんや砂糖などの甘みを一切使わないので、甘みの加わる味付けは新鮮です」
みたいな報告です。中には、料理に甘みを加えるのはやはり違和感があるので、みりんを酒に変えたり砂糖を省いたりしてもいいですか、という質問もありました。
 僕はびっくりしました。もちろん好みは千差万別なので、甘さをかなり控えたつもりの僕のレシピでも、ちょっと甘すぎると感じる人がいること自体は想定内ではありました。しかし、「和食に一切甘みを加えない家庭で育った」という人が存在するとは、思ってもいなかったのです。報告は関東や東北の方からのものが多かったのですが、西日本からもそれなりにありました。
 しかしよく考えたら、それはさほど不思議なことではなかったのかもしれません。つまり、砂糖やみりんはほぼ使わず、自家製味噌が味付けの主役だった戦前の農村の食文化が、百年の時を越えて粛々と受け継がれてきたということになるからです。「祖母は料理に一切、甘みを加えなかった」という思い出を語ってくれたある方は、こんなことも言っていました。「料理に甘みが加わるのは、祖母がたまに行商の方から竹輪ちくわを買った時だけでした」と。おばあ様はその竹輪を野菜の煮物に加えていたそうです。竹輪はだし替わりでもあり、そこから染み出す微かな甘みが、普段のおかずとして味わう唯一の甘みだった、ということです。
 いったん納得した僕ですが、そうなると新たな疑問が湧いてきました。僕は「甘みゼロの家庭」で育ったという報告をくれた方々に、こんな質問をしました。

「砂糖やみりんを一切使わなかったということは、すき焼きも甘くなかったということですか?」

 返ってきた答えは、それはそれで、ある意味驚くべきものでした。ほとんどの方はこう答えたのです。
「すき焼きだけは特別。砂糖が加わる唯一のおかずでした」
 そしてそこには、あたかも示し合わせたように、こんなエピソードも付け加えられていました。
「すき焼きの時だけは、父親が味付けや食べるタイミングなどを全て取り仕切っていました」
 同様のエピソードは、「甘みゼロ家庭」以外の方からも多く聞かれましたし、僕の子ども時代の思い出とも確かに一致します。そして、
「すき焼きはかなり特別なご馳走で、大晦日の『お年越し』の定番でした」
という報告も、これまた示し合わせたかのように多く寄せられました。

記事が続きます

 皆さま、お待たせしました。ようやくすき焼きの話です。この連載ですき焼きの話となると、関東と関西のすき焼きの違いが気になる方も少なくないのではないでしょうか。関東は割り下を使う「煮るすき焼き」であり、関西は砂糖と醤油を使う「焼くすき焼き」である、という違いはよく語られます。もしかすると、僕がどっちの肩を持つかが気になる方もいるかもしれません。
 結論から言うと、その東西の違いは「たまたまそうなった」としか言いようがありませんし、僕はその違い自体はさほど本質的なものではないと考えているので、どちらがおいしいかに軍配を上げるつもりもありません。どういうことか、すき焼きの歴史を、さらっとおさらいしておきましょう。すき焼きという料理の特別さ、そしてそこにおける「父権」の話の続きはその後です。

記事が続きます

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)、『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)、『ミニマル料理「和」』(柴田書店)など。
最新刊は『食の本 ある料理人の読書録』(集英社)、『ベジ道楽』(西東社)。

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