2025.6.7
甘い味付けを好む県、私的ナンバーワンは、瀬戸内海のあの県
そんなことも踏まえた上で、あくまでよそ者としての感覚で言うならば、僕が今まで訪れた地で、特に料理が甘い印象を受けた地域のひとつが愛媛県です。九州の甘さとは少し方向性の違う甘さに感じました。九州を代表するグルメタウンである福岡が、甘さだけではなく全方位的に「派手」な味なのに対し、愛媛は甘さを特に強調した味という印象でした。甘さ以外は薄味なので、どこか上品でもあります。色も全体的に薄い。「ふくめん」という伝統料理は、それが特に象徴的だと感じました。甘めのだしで煮含めた白滝に、甘い魚そぼろを中心とした具を敷き詰めたお祝いの料理です。
甘いものは徹底的に甘い、ということで言えば、東京もなかなかだと思います。カツ丼などの卵とじ系の丼物の甘さや、すき焼き的な味付けの鍋物、芋類などの煮物の甘さは、甘い味付けには慣れているはずの西日本の民である僕にとっても、ちょっとびっくりするくらいだったりすることも。かと思うと、しょっぱいものは徹底的にしょっぱかったりもします。東京の昔ながらの佃煮が、ほぼ醤油だけで煮たものだったり。ある酒場で出会ったきんぴらごぼうも、味付けはたぶん醤油だけでした。全く甘みのない寿司や酢の物にも出会うことがあります。
ただし、僕が東京の味に対してそういう印象を抱いているのは、古くからの店に昔ながらの味を求めて行くことが特に多いから、という理由もあると思います。そういう特殊な趣味を持たない普通の東京人は、普段もっと中庸なものを食べているのではないでしょうか。
だからでしょうか、東京の人はよく、名古屋の味を「しょっぱすぎる」「甘すぎる」と評します。僕に言わせれば、関西人にならともかく東京の人にそんなことを言われる筋合いはない!と思ってしまうのですが、要するに東京には多様性がある、ということでもあるのでしょう。
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味付けが甘くない土地として僕が思い浮かべるのは、京都と長野です。片やだし文化、片や味噌文化、みたいな根本的な味付けの違いはありますが、あまり甘味を付けない傾向だけが共通しているのは、内陸という共通点ゆえなのでしょうか。京都と大阪は、割烹でも大衆食堂でも、似ているようで結構違います。
長野では、「ビミサン」という調味料が人気です。だいたい麺つゆのようなもので、料理に使う時の使い方も、麺つゆとほぼ同様です。ただし甘さは、一般的な麺つゆの半分ないしそれ以下なので、普通の麺つゆの味に慣れている人、すなわちほとんどの日本人にとっては「しょっぱすぎ」と感じられるでしょう。ビミサンを作っている〔テンヨ〕は、実は長野ではなく山梨のメーカーなのですが、ビミサンの4割は長野に出荷されているそうです。
そして味付けがしょっぱいと言われるのは、なんといっても東北、そして東北でも太平洋側は特に甘さがないそうです。「そうです」というのは、僕が東北の現地の味をほとんど知らないからです。しかし唯一ちゃんと行ったことがあると言える仙台の味には、確かにはっきりとその傾向を感じました。
色々書いてきましたが、これはあくまで旅行者というよそ者が、ほぼ外食のみを通して感じた印象に他なりません。特に僕はどこに行っても、なるべくその土地の古くからの店を回ろうとしますから、案外、一般的な印象ともズレがちかもしれません。逆に言うと、訪れる土地土地において、日本全体としては均質化が進む味付けのうち、そうなる以前の味をピッキングしているとも言えます。なのであくまでそういうものとして、皆さんがこれまで実際に受けた印象と比較してみてください。
次回は6/21(土)公開予定です。
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