よみタイ

和食の味付けにとって最も大切な要素——「甘み」を考える

 日本料理の世界では、こうやって醤油だけでなく甘味も減らされていったこの数十年、和食全体で見ると逆の現象も起こっています。「市販のお惣菜は甘い」という意見はよく耳にします。しかし最初に釘を刺しておくと、そう感じる人はあくまで少数派です。どちらかと言うと、食にことさら強い関心があり、自分でも料理をする人が中心なのではないでしょうか。そういう人は(あらゆるマニアの世界がそうであるのと同様に)世間の多くの人が歓迎するものとは、好みが大きくズレていきがちです。僕はそういう人々を「周縁の民」と呼んでいます。僕自身も、まごうことなきその一人です。
 社会は……と言うと主語が大きすぎるかもしれませんが、少なくとも食の世界は、最大多数の人々の好みに合わせて最適化されます。周縁の民にとって甘すぎる市販のお惣菜は、マジョリティが求める味であり、世の中の最適解なのです。
「〇〇の素」「〇〇のタレ」的な、市販の合わせ調味料の世界でも、この傾向は明らかです。面白いことに、「すき焼きのタレ」や「焼肉のタレ」は、その最初の製品が発売された段階では全国的なヒットとまではならず、その後甘みを増したバージョンをリリースするに至って人気が爆発したという経緯があります。麺つゆやポン酢でも、古くからあるブランドは、現代における売れ筋のブランドより甘みが少ない傾向があります。甘みだけでなく、多くの場合、甘み以上にうま味も強められています。

イラスト:森優
イラスト:森優

 このように、我々が今「伝統的な和食の味」と思っているものも、100年どころか10年単位で、ドラスティックに変化し続けています。もちろんそこには、流通や保存技術の進化、そして外来文化の取り込みといった要素も大きな影響を与えてきたわけですが、とてもそれだけでは説明しきれない「味付け」という極めて日常的かつパーソナルな部分でも、大きく変化してきたということです。大きく変化したということは、地域によって、あるいは「上流・下流」のレイヤーにおいても、明らかな違いがあるということになります。そしてその違いは同時に、(あたかもエントロピー増大の法則を証明するかのように)均質化にも向かいます。
 そんな複雑さの全てを語り切るのは不可能ですが、次回は、僕がこれまで実際に体験してきたことを軸に、「東西の味付けの違い」について、のんびりと語っていこうと思います。「すき焼き」の話はいったいいつになることやら……。

次回は6/7(土)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)、『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)、『ミニマル料理「和」』(柴田書店)など。
最新刊は『食の本 ある料理人の読書録』(集英社)、『ベジ道楽』(西東社)。

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