2024.12.7
関東いたるところ蕎麦店あり……ハマったら抜け出せない、蕎麦という迷宮
立ち食い蕎麦の上置きの代表格は、天ぷらと言えるでしょう。揚げ置きのかき揚げが基本です。春菊の天ぷらやコロッケも、東京の立ち食い蕎麦ならではの文化。こういった揚げ物の油が染み出すからこそ、醤油が強くてだし感の薄いつゆが生きるのではないかと思っています。
昔ながらの立ち食い蕎麦で僕が特に好きなあるお店は、巨大なかき揚げと卵が乗った「天玉そば」が名物です。そういう店によくあることですが、つゆは少なめです。そしてそのつゆの味がどうかと言うと、実はよくわかりません。好きな店だったら何度も食べたことがあるだろう? なんでわからないんだ?と思われるかもしれませんが、これには理由があります。巨大なかき揚げは、あっという間につゆの大半を吸い込んでしまい、残ったつゆにはたっぷりと油が染み出します。さらにそこに卵が割り込んであれば、つゆの元の味なんてさっぱりわからないのです。
ただそれがめっぽううまいことだけは確かです。汁を吸って崩れたかき揚げと蕎麦と卵の三位一体をワシワシとかき込めば、そこには約束された幸せがあります。そうなっても別に味がぼやけることもないということは、つゆはかなり濃いめ、そしてしょっぱめなのではないかと思いますが、それは推測の域を出ません。だしがどの程度利いてるかなんて、こうなるともはやどうでもいいことです。
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夢中になって頬張っていると、蕎麦とかき揚げを食べ終えた時点で、つゆはほとんど残っていません。なのでこの蕎麦には、途中でつゆだけを飲んで、ハーッとため息をつく、その瞬間がほぼ存在しないのです。関西のうどんでは考えられないことです。感覚としてはパスタを食べているようでした。つゆとかき揚げと卵の混合物が、言うなればソースです。その半固形状のソースを蕎麦にたっぷり絡めて食べるのが、その店の天玉そばということです。
前回僕は、かけ蕎麦のつゆはsoupではなくsauceである、と喝破しました。たぶんその時の僕はドヤ顔をしていたと思います。その考えに至ったひとつの大きな体験が、この天玉そばでした。
東京にかぶれ、蕎麦文化に魅せられ、なんならすっかり「蕎麦通」になったと密かに自負していた僕ですが、この世界、まだまだ深い。もっと言えば、全国至る所に、さまざまな蕎麦文化が存在します。僕はまだそのほとんどを知りません。分け入っても分け入ってもキリがない蕎麦の道。今後の人生でもゆっくり探索していきたいものです。
次回は12/21(土)公開予定です。
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