2024.11.16
西のうどん、東の蕎麦……「黒いつゆ」論争に新解釈を与えてみる
日本の「おいしさ」の地域差に迫る連載。
前回は、「名古屋の長崎ちゃんぽん」から、稲田さんの「ローカルフード周圏論」が提唱されました。
今回は、東西といえば、まずはこの話題。そばとうどんのつゆの違いについてです。
蕎麦という文化①
「あんな真っ黒けなうどん、からいばっかりでよう食わんわ」
これは、関西人が東京の食文化に不満を述べる台詞の古典中の古典です。皆さんもかつて何度となく耳にしたことがあるのではないでしょうか。もううんざりってとこでしょうし、こと最近では、よその食文化を安易にディスるのは良くないこと、という良識がかなり一般化しつつあるので、今となっては炎上案件です。
個人的には、(それがあくまで個人の嗜好に基づく一意見であることをはっきりさせた上でなら)みんなもっと自由闊達に嫌いな食べ物のことを語った方が面白いんじゃないかと思っていますが、それはさておき、この「暴論」にはこんな反論がなされるのもよく見てきました。
「黒いからってしょっぱいとは限らない。そもそも関西の薄口醤油の方が塩分濃度が高いのだ」
これは一見もっともらしい反論に見えますが、残念ながら実は反論の体をなしていません。確かに標準的な濃口醤油の塩分濃度が約16%であるのに対して、薄口醤油は約18%です。しかし問題は、醤油そのものの塩分濃度よりも、その希釈割合です。醤油とだしの混合比率と言い換えてもいいでしょう。関東のうどんつゆは、かけ蕎麦のつゆと兼用されるのが基本です。であるがゆえに「真っ黒け」と評されたりもするのですが、では関西のつゆと関東のつゆは、具体的にどう違うのでしょうか。
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先に関西のつゆから解説していきましょう。関西のつゆは薄口醤油で味付けされます。塩が併用されることもありますが、ここでは単純化するために、それも薄口醤油の塩分量に換算して説明します。もちろん醤油だけだとしょっぱい(関西弁で言うなら「からい」)ので、そこにはみりんも加えられます。みりんの量は様々ではあるのですが、基本は醤油と同量。その場合、だし・薄口醤油・みりんの標準的な割合は12:1:1です。塩分濃度を計算すると、約1.3%。ただしこれは概ね最も濃い、庶民的とも言える(つまりかつてうどんが「ご飯のおかず」にもなっていたような)パターンで、関西にはもっと薄味のうどんつゆもあります。僕がかつて京料理の板前さんに教わった割合は16:1:1でした。これはお吸い物よりは少し濃い味付けで、塩分濃度約1%。これ以上薄味のものは、無いわけではありませんが少なくとも外食では稀なはずなので、関西のつゆの塩分濃度はだいたい1〜1.3%と言っていいのではないかと思います。
対して江戸前のかけそばのつゆは、ご存知の通り濃口醤油が使われ、もちろんそこにみりんも加わり、8:1:1が標準とされます。塩分濃度で言うと約1.6%。ただしこれもまた様々なパターンがあります。ざっくりとした傾向としては、チェーン店や新しめの店ではこれより薄く、老舗ではこれよりさらに濃い店も散見される印象です。ある有名な老舗のかけそばは、びっくりするほど濃く、僕の推定では6:1:1くらいです。つまり2%。その分つゆの量自体は少なく、蕎麦はそこに半分くらいしか浸っていません。ざる蕎麦のつゆを少しだけ薄めて温めたものとも言えるでしょう。
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