2025.4.26
動物パートナーを喪って「親が死ぬよりも哀しかった」【猫沢エミ×小林孝延・往復書簡9】
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人間に話を戻しますが、私にはまだ、小林さんのようにパートナーを見送った経験はありません。だから、見送られた小林さんの哀しみも、旅立たれた薫さんの想いも体感することができないため、想像の域を出ませんが、もしもいつか私がパートナーよりも先に逝くことになったなら、最後に望むことは、私がいなくなった世界でも愛する人には幸せに生きて欲しい、に尽きると思うんですよね。きれい事なんかじゃなくて、まもなく自分が姿を失うと知ったなら、心からそれしか願わないんじゃないかと。薫さんが亡くなってから、「この先の人生において、あまり大きな幸せを望まないようにしようと思うことにして」いた小林さん。それでも「気がつけば自分の人生の第2章みたいなものが動き出して」いたと。そこには薫さんの命を直接受け継いだお子さんたちの成長が目に見える形であり、その光が小林さんに「悲しい物語の主人公でいることを望んでいるのだろうか」と疑問を生じさせたのだとしたら、それはまさに薫さんからの再生へのメッセージだと捉えるのは、それこそきれい事すぎるでしょうか。
『つまぼく』を書かれたことで、勝手に使命感を抱いてしまったのかもしれないと小林さんは綴っていましたが、私も『イオビエ』を書いた後にガッチリ抱いてしまい、パリ移住後は画家のパートナー・ヤンと、動物たちのポートレート制作を通して動物保護活動支援金を集める活動に乗り出しました。イオの見送りの日々、毎日インスタグラムのDMに嵐のように寄せられていた、動物たちを見送った人たちの悔恨、罪悪感、そして美しい数々の思い出。私たちのように書くことに慣れていないという理由だけで、知らせる術のない、多くの人々と動物の間に生まれた素晴らしい物語を、愛された動物の肖像画と共に残すこのプロジェクトは、言い換えれば、イオをなくして心にぽっかり穴の空いた私自身が、自分を再生させるためにやらずにはいられなかったものです。そしてもうひとつの大きな使命感を抱きました。それは、イオの願い通り「私は幸せに生きていく」という覚悟です。覚悟、などと尖った言葉をチョイスしてしまうと、なんだか大袈裟に聞こえますが、彼女が最後に、そして今も祈っているであろうたったひとつの思いを叶えていこうという静かな意志で。
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確かになあ……こんなふうに、自分のことを赤裸々に公の場所で語るのは、人生そのものがある意味で商品でもあるんでしょうね。「パブリックイメージと本当の自分との間で揺れることはありますか?」という小林さんの質問ですが、これはメジャーレーベル所属のミュージシャン、「猫沢エミ」時代に悩み、とっくの昔に乗り越えてしまった部分なのです。あの頃は、物書きで食べていく人生など想像もしていませんでしたが、若い時代に商品化されて、パブリックイメージと個人の乖離に苦しみ、その後、個人がパブリックイメージの自分を回収して融合していくような形で現在の私が出来上がっています。って、なんか会社概要みたいな説明だな(笑)。
今年の2月、移住から丸3年が経ちまして(あっという間!)、
初の滞在許可証の更新がありました。フランスにいてもいいよ、という公式の許可証を手にした瞬間、石の上にも3年in Parisを経て、心の中に新しい風がざあっと吹いたような気がしました。小林さんの前回のお手紙からは、春の芽吹きと共に広がる若葉の青い匂いがしていましたが、私の人生にも、また新しい時間がやってくる気配がしています。ところで小林さんがここまでの道のりの中で、再生の兆しを初めに感じたのはいつでしたか? そしてその兆しは、どんなものだったのでしょうか?
今日は夕方に、雷鳴と稲妻と、激しい雨が降りました。雨上がりの大気に、立ち上る土の匂いを感じたら、春到来のパリです。そろそろいちごがマルシェに出回り始めたので、この間、小林さんが「バー猫林」で実演してくれた〝いちごのクラフティ〟を作ってみようと思います。
〝春眠暁を覚えず〟がこの春ひどく、ガーフィールドのような目をしていつも眠そうな猫沢より

追伸:娘さんからのお手製の焼き菓子、素敵だなあと眺めていました。レシピも〝魂のDNA〟ですよね。ところでこの写真は、うちの近所のモンスリ(ネズミの丘)公園です。採石場跡地に造られた、イギリス式の人工の公園なのですが、湖もあって野鳥たちの楽園になっています。去年生まれたグース一家の子供たちもだいぶ大きくなりました。野鳥だけでなく、飼っているオウムを放して空中遊泳させている人や、たまに猫にリードをつけて散歩している人も。小林さんが今度パリに来たら、ここでピクニックしましょう!
次回、小林孝延さんからの返信は5/24(土)公開予定です。
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破天荒で規格外な家族との日々を振り返ると、そこには確かに“愛”があった。
故郷・福島から東京、そしてパリへ――。遠く離れたからこそ見える、いびつだけど愛おしい家族の形。
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