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自分はこの先、ずっと悲しい物語の主人公でいなければならないのだろうか【猫沢エミ×小林孝延・往復書簡8】

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 あ、ごめんなさい、気がつけば猫沢さんからの質問にも答えずに、すっかりひとり語りをしてしまいました。
 質問は「小林さんは死後の世界の有無について、そしてもしも存在するのだとしたら、どんなイメージを持っていますか?」でしたね。
 死後の世界のイメージ……自分で魂との交信などと書いておきながら、ぜんぜん想像がつきません。やっぱり「無」になってしまうのかな。でも、数年のうちに3人を見送って確信したのは、みな全員「ああ、これから私は死後の世界へ行くんだ」と理解していたということです。母はモルヒネで混濁する意識の中で最後に僕を抱き寄せて頭を撫でてくれました。薫は「大切にしてくれてありがとう」と感謝の言葉を残してくれました。父に至っては見事なもので、死の2時間ほど前に「親戚を全員病室に呼んでくれ」と僕に告げ、愛するものたち全員に囲まれながら旅立っていきました。みなそれぞれに覚悟を決めて最後はすーっと吸い込まれるようにあちら側へ行きました。やっぱり暗闇に吸い込まれていくような感じなのかもしれません。あるいはひょいっと一線を飛び越える感じでしょうか。僕もそのときが来たらそんなふうにできるのかな。猫沢さんは自分が死ぬときをイメージしたりしますか? それともそんなことはしないかな……。
 そういえば、前回のお手紙で猫沢さんが子供の頃「自分を取り巻くあらゆるものには命があると気づき、それらが語りかけてくる(声が聞こえる)ようになりました。」という話を書かれていましたよね。読んだときすぐに『ふたりのイーダ』という松谷みよこさん原作の物語の映画のシーンが頭に広がりました。50年近く前に見た映画のことなんてすっかり忘れているはずなのに、突然イメージがぶわっと浮かび上がってきてびっくりしました。小学校4年生か5年生のときだったかな、担任に連れられて福井の駅前にある小さな映画館で鑑賞したのですが、物語の中で古い椅子が喋るんですよね。詳しい内容は忘れてしまったのですが、その椅子が水中に沈んでいるシーンが確かにあって、それが子供心にものすごく「死」の世界そのものに感じられたんですよ。ただ静かで、怖さすら静寂の中に溶けていくような世界……。

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 いま、日本にはこの冬一番の寒波が到来しており、ただでさえ寒い我が家のリビングは底冷えしています。原稿を書いているテーブルの足元にはホットカーペットを敷いているので、暖を取るために猫と犬が団子状態で寝ています。それをときどき足で小突きながら(笑)この手紙を書いています。そろそろ春の服を出さなきゃと思っていた矢先にこの寒波。福井の実家のあたりも大雪のようで、主人のいない家が雪の重みで潰れないかちょっと心配です。僕は冬のパリに足を運んだことはありませんが雪は積もるのでしょうか。でも、この手紙が届く頃はもう春の気配が近づいているかもしれませんね。インフルエンザもまだまだ流行っているようなので、どうぞ体調には十分御留意ください。ではでは。

 先日ちょっとした検査のために病院に行ったら若干の高血圧を指摘されて、それがショックでさらに血圧が上がりそうな小林より。いよいよ歳だな〜〜。

追伸:名古屋に暮らす娘から手作りの焼き菓子が届いたので、この手紙を書くときのお供にしましたよ。僕が以前本作りでお世話になった、栗原はるみさんやなかしましほさんのレシピと妻が書き残していたレシピを忠実に再現。ありがたや。

次回、猫沢エミさんからの返信は4/26(土)公開予定です。

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新刊紹介

猫沢エミ

ねこざわ・えみ
ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』『イオビエ』『猫沢家の一族』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

小林孝延

こばやし・たかのぶ
編集者。『天然生活』『ESSE』など女性誌の編集長を歴任後、出版社役員を経て2024年3月に独立。インスタグラムに投稿したなかなか人馴れしない保護犬福と闘病する妻そして家族との絆のストーリーが話題になり2023年10月にそれらの内容をまとめた書籍『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』(風鳴舎)を発表。連載「とーさんの保護犬日記」(朝日新聞SIPPO)、「犬と猫と僕(人間)の徒然なる日常」(福井新聞fu)。現在は元保護犬1+元野良猫4と暮らす。

Instagram:@takanobu_koba

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