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緩和ケア病棟で妻と過ごした、別れの日までの「いつもの日常」【猫沢エミ×小林孝延・往復書簡4】

愛猫「イオ」との出会いと別れを赤裸々に描いた『猫と生きる。』の著者・猫沢エミさんと、パートナー・薫さんの闘病と旅立ちについて綴った『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』の著者・小林孝延さん。
受けいれがたい別れがやってきたとき、人はどのようにその後を生きていくのか――
仕事仲間であり友人でもある二人が、東京とパリを結び、喪失と再生について言葉を交わす往復書簡。
前回の猫沢エミさんからのお便りへの、小林孝延さんからの返信をお届けします。

第4便 別れの中にある日常

 猫沢さん今月もお手紙をありがとうございました。光の速度で世界が繋がり、すべてをリアルタイムで共有できる時代に、まるで船便で運ばれてくるようなタイムラグで届く手紙を、心待ちにする感覚がとても新鮮です。僕たちの若い頃は文通というのが流行った時代でもあるわけですが、当時は「そんな辛気臭いことするかいな」と、興味もなかったなあ。猫沢さんはペンフレンドとかいた??(なんかもう響きが……)ちょっと調べてみたら日本のいわゆる“文通”の発端になったのは、戦後まもない頃に生まれた「郵便友の会」という組織だそうですね。
 実際は手書きで綴っているわけではないけれど、「書簡」という前提でやりとりするこの原稿は、LINEやメールとは違ってなぜか文章からインクの濃淡みたいなものだったり、文字の癖みたいなものが見えてくるようで楽しいです。すぐに既読がついたり、リアクションが返ってくることにいつの間にか慣れてしまっていた僕にとっては、ひとつひとつ、言葉を選んで届けるプロセスは自分の心と対話する時間になって、結果的に癒しにもなっているのだなあと感じています。

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 そういえば猫沢さんが少し遅れて取る予定だったインド洋レユニオン島へのバカンス、昨年の盗難に続き、今年はヴィザの関係で行けなかったんですね。本当に残念でしたね。フランスはヨーロッパの他の国にくらべて行政手続きが複雑で時間がかかると聞いたことがありますが、想像を超えるレベルの面倒な話を聞くにつけ、移住の予定など微塵もないこちらまで不安な気持ちになってきますね。この旅も、もしかしたら猫沢さんにとってはお手紙に書かれていた「方違かたたがえ」のような意味合いもあったのでしょうか。でも、きっと今、猫沢さんにとっては「凶」だったと信じることにしましょう(笑)。ちなみに僕はこの冬、アマゾン川に方違えに行きます(使い方が間違ってる気がしますが……)。勤め人をしていた時代はなかなか2週間を超えるような休みは取れなかったので、ようやくこうして自分のために時間を使えるようになった喜びを享受してくるつもりです。

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 さて、まずは猫沢さんからの質問に対する僕の答えと僕からの質問に、丁寧な返答をありがとうございました。そうか、猫沢さんにとって「死」は、死にゆくものの「生」を最大限にリスペクトする崇高なものだということですね。そしてその死は、他のだれのものでもなく死にゆく当事者のものである。でも、だからこそ「あなたの死」の一切をこちらに委ねられてしまったときに、なにをすべきか、しないべきか、ということにとまどい、悩み、苦しみますよね。なんだか矛盾しているようでもありますが、その委ねられたことを、悩みながらやりとげ、「あなたの死」を汚さないようにすればするほど、それは自分のものになっていくというか。猫沢さんも書いているように、よくある「よかれと思って」は結局自分にとってのよかれであったり、「あなたの死」を汚さなかったよという確証を得るための行為であったり。いつの間にかエゴにまみれていくんですよね。自我を切り離して、ただ相手の心が欲するところを探っていくような技術が僕にはないからだと思うのですが、寄り添っているようで結局は「これでいいよね、正解だよね」という自分の考えを押し付け、そして無意識のうちに見返りを求めてしまっているような気がしました。
 その話からは少し外れてはしまうのですが、昔から僕はなぜか会社の部下や友人たちからいろんな相談をされることが多いのです。「気のいいおじさん」ムードが漂っているからですかね。で、まあ、仕事の相談ならばまだいいのですが、時々やらかしてしまうのが、もっと深い人生の悩みを抱えているけれど、はっきりと本題を語らない相手に対して、ついうっかり「大丈夫? もしよかったらくわしく話してごらんよ」と、あたかも心を寄せたかのような返事をしてしまうんですよ。でも、これって相手のことを心配しているようでいて、じつは、やさしい自分、無視しない自分でありたい己のためにしているんですよね。だって、深く事情を知らない相手の問題を瞬時に解決できるスキルなんて持ち合わせていないのですから。むしろ解決できるかのようなそぶりで期待だけさせてしまう愚かな行為。場合によっては心を許した相手に「相談なんてするんじゃなかった」と傷つけることさえあります。なんだか「あなたの死」のことを考えていたら、ふと、そんなことを思いました。

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新刊紹介

猫沢エミ

ねこざわ・えみ
ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』『イオビエ』『猫沢家の一族』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

小林孝延

こばやし・たかのぶ
編集者。『天然生活』『ESSE』など女性誌の編集長を歴任後、出版社役員を経て2024年3月に独立。インスタグラムに投稿したなかなか人馴れしない保護犬福と闘病する妻そして家族との絆のストーリーが話題になり2023年10月にそれらの内容をまとめた書籍『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』(風鳴舎)を発表。連載「とーさんの保護犬日記」(朝日新聞SIPPO)、「犬と猫と僕(人間)の徒然なる日常」(福井新聞fu)。現在は元保護犬1+元野良猫4と暮らす。

Instagram:@takanobu_koba

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