よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」

料理本を読む

 この店は期待できないと判断した我々は、昼食の喜びは断念して、今日の食事の喜びはすべて夕食にかけようと考えていたところ、なかでいちばん若い編集者の男性が、肉のものを食べたいから、餃子を注文したいといいはじめた。みな、ここではおいしいものは食べられないと判断していたので、すでにどうでもよくなっていて、
「それじゃ、好きな餃子を選びなさい」
と先輩の女性編集者が呆れたようにいい放ち、彼はお店の人を呼んで注文していた。私たちはお茶ばかりを飲んでいた。中国はお茶もすばらしいのに、そのお茶でさえいまひとつなのが悲しかった。
 しばらくすると、目の前に餃子が運ばれてきた。彼はとてもうれしそうで、また見た目もちょっとおいしそうだったので、我々も、
(これはおいしいのかもしれない)
 と気を取り直して食べてみたが、あまりの臭さにびっくりした。やっとの思いで飲み込むと、女性編集者も、
「ぐっ……」
 と妙な声を発して、口の中に入れたものをお茶で流し込んでいる。
「どれもこれもまずいんだから、これだけがおいしいわけがないでしょう。あんた、いったいどんな餃子を頼んだのよっ」
 彼女が真顔で怒った。
「餃子は大丈夫だと思ったんですけど……」
「いったいこれは何っ」
「羊です」
「羊だとお? どうして豚を頼まなかったのよ。豚、あそこにいたじゃない。どうして羊なの。羊の肉はちゃんと処理しないと臭いのよ。餃子は豚でしょうよ」
彼女はむちゃくちゃ怒っていた。
「でも……羊を食べたかったから……」
「あのね、おいしい店で冒険するのはいいのよ。でもこの店よ。この店で冒険するなんて、もう信じられない」
 喧嘩がはじまったので、落ち着くまで周囲の様子をうかがっていると、他の客もほとんど料理を残しているのがわかった。
「みんな残しているから、地元の人もおいしいって思ってないのよ。だから平気よ」
 すったもんだ揉めているうちに、出発の時間になったので食堂を出た。私の人生のなかでは、他にも、タイで遭遇した中身が腐っているのではと疑うようなトムヤムクン、関西での味のしない鍋など、ひと口食べて店を出ざるをえなかった経験はあるが、やはりここでの料理が最強だった。料理がおいしいといわれている国でも、実はそうではなく、店によるという現実がよくわかったのだった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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